妊婦さんが猫の扱いに注意しなければいけない理由【トキソプラズマ症のお話】
こんにちは!犬猫の獣医師、あんじゅ(@vets_magazine)です。
「妊婦さんは猫に近づいてはいけないって聞いたけどどうして?」
「トキソプラズマ症ってどんな病気?」
という疑問に答えます。
「妊婦 猫」で検索すると、「トキソプラズマ」というキーワードがヒットするのではないでしょうか。
妊婦さんは猫とあまり触れ合わないほうが良いと聞いたことがあるかもしれませんが、その根拠は「トキソプラズマ症への感染リスク」です。
この記事では、妊婦さんと猫とトキソプラズマ症に関して、できる限り分かりやすく解説したいと思います。
この話、実はとっても複雑だけど重要なお話なので、記事を読んでもよく理解できなかった場合は、最終章の「結論:妊婦さんが気をつけるべきこと」だけでも目を通してください。
妊婦さんや妊婦さんを支える家族にとっては、他人事ではありません。
目についた人全員に読んでいただきたいため、無料公開としています。読んだら、この内容を知人や身近な人と共有していただけると幸いです。
トキソプラズマって誰?
本日の主役はトキソプラズマです。皆さん聞いたことはありますか?
トキソプラズマとは、哺乳類・鳥類全般に感染する寄生虫(原虫)です。
家畜と書きましたが、ほとんどの哺乳類(と鳥類)に感染できるので、人にも感染するし犬猫にも感染します。
トキソプラズマの一生
トキソプラズマの一生をざっくりで良いので理解しておきましょう。
クローンのように自分のコピーをひたすら増やしていく無性生殖
オスとメスを作って新しい遺伝子の子孫を作る有性生殖
の2種類です。(正確にはちょっと違いますがここでは分かりやすいようにオスメスという表現にしています。)
ほとんどの動物の体内では、無性生殖しか行われません。
唯一、有性生殖が行われる場所が猫の体内です。糞便中にオーシストという卵(みたいなもの)を排泄するのは猫だけ。
犬の糞は問題なくて、猫の糞が感染源になるのは、そういう理由があるのです。
トキソプラズマ側の作戦としては、
いろいろな動物の体内で無性生殖を行い、ある程度子孫を増やして筋肉内に隠れる
そのお肉を食べた動物にも感染して、また筋肉内に隠れる
最終的には、食物連鎖の頂点であるネコ科動物がそのお肉を食べてくれる
猫の腸管内で有性生殖を行い、糞便中に新たな卵を落とす(有性生殖を行うことで遺伝的な多様性も確保)
みたいな感じでしょうか。
色々な動物に感染して潜伏し、いつか猫に食べられるのを待ってるんですね。
人への感染経路
人への感染経路は主に3つ。
加熱不十分な食肉
猫の糞便
土いじり
加熱不十分なお肉を食べて感染するルートが一般的です。牛肉、豚肉、鶏肉のほか、鹿肉、馬肉、ラム肉などもトキソプラズマに汚染されている可能性があります。
2つ目は猫の糞便です。猫を飼っている人はもちろん、野良猫との接触も感染源になりうるでしょう。口からの感染の他、目からも感染すると言われています。
3つ目は土壌からの感染です。野良猫は畑に排泄をします。畑がトキソプラズマに汚染されていても全く不思議ではありません。
健康な人や猫の症状は大したことない
さて、トキソプラズマの目的は自分たちが子孫繁栄することであり、宿主(寄生先)を痛めつけることが目的ではありません。
健康な猫や人に感染しても、大した問題は起きないのです。
猫は多くの場合、無症状。発症した場合も、ちょっとした下痢やリンパ節の腫れ、発熱くらいなもので、トキソプラズマ症の診断が下ることは滅多とありません。
※免疫力が弱い子猫などでは、腸、肝臓、脳、肺などの多臓器が傷害されて死に至ることもあります。
人も同じくで、健康な人がトキソプラズマに罹ったとしても、2割程度の人が発熱、頭痛、リンパ節の腫れといった症状を起こす程度で、8割の人は無症状です。
主に問題となるのは以下の人たちです。
トキソプラズマ症が問題となる人
免疫不全状態の人
トキソプラズマ症は、人では典型的な日和見感染症の1つです。
通常の免疫力があるときは症状を起こしませんが、何らかの原因で免疫力が低下したとき、体内に潜伏していたトキソプラズマが元気になってしまい、症状を呈します。
例えば、エイズに感染している人や、免疫抑制剤を服用している人などが当てはまります。
胎児(引いては妊婦さん)
妊娠中の妊婦さんがトキソプラズマに感染すると、胎児にも感染して「先天性トキソプラズマ症」を引き起こすことがあります。
先天性トキソプラズマ症の症状は、胎児発育のどの段階で感染するかによって変わります。
妊娠初期ほど感染率は低いですが、感染した場合の影響は大きいです。流産や死産が起きたり、妊娠が維持出来たとしても重度の障害(水頭症や脳内石灰化、網膜脈絡炎、精神運動機能障害など)が生じる危険性があります。
妊娠後期になるほど症状は軽度ですが、感染率は高くなります。
妊婦さんへの初感染が問題
すべての妊婦さんで、トキソプラズマ症が問題になるわけではありません。
妊婦さんが妊娠前からすでにトキソプラズマに感染している場合、トキソプラズマに対する抗体(トキソプラズマをやっつけてくれるスナイパー的なタンパク質)がすでに体内で作られています。
その場合、たとえ妊娠中にトキソプラズマのオーシストを摂取してしまったとしても、胎児に感染することはありません。
トキソプラズマに対する免疫がすでに成立しているから、トキソプラズマが体の中で暴れることはないのです。
注意しなくてはいけないのは、妊婦さんが今までトキソプラズマに感染したことがない場合です。
妊娠中に初めてトキソプラズマ症に感染した場合、胎児への感染リスクが高まり、奇形や水頭症、流産や死産が起こる可能性があります。
心配な妊婦さんはまず抗体検査を受けること
妊婦さんご自身がトキソプラズマに感染したことがあるか否かは、抗体検査を受けることで把握することができます。
トキソプラズマに対する抗体が体の中に存在するかどうか、調べるのです。
陽性→トキソプラズマ感染歴あり
陰性→トキソプラズマ感染歴なし
という判断になります。
トキソプラズマ抗体にはIgMとIgGの2種類の抗体があります。
感染初期にはまずIgMが増えて活躍し、その後IgG抗体が活躍してくれます。
抗体検査でこの2種類の抗体を調べ、IgGが陽性ならば、かなり前にトキソプラズマに感染したことがあるという証拠になります。
この場合、「妊娠中に初感染」のリスクは無いので一安心です。
IgMが陽性の場合、感染したばかりの可能性があり「妊娠中の初感染」が否定できません。
さらに詳しい検査を実施し、感染時期を推定することになります。
最近では、ブライダルチェックの際の血液検査で、トキソプラズマ抗体を調べてくれる病院があるそうです。
かかりつけ医でも頼めば抗体検査を実施してくれるそうなので、これから妊娠を希望されている女性の方(特に猫を飼っている方)はぜひ一度抗体検査を受けてみてはいかがでしょうか。
猫の抗体検査の意義
妊婦さんの抗体検査の結果が陰性だった場合、トキソプラズマ初感染に注意する必要があります。
1つの感染経路として「猫の排泄物」があります。
トキソプラズマに感染した猫は、便にオーシスト(トキソプラズマの卵みたいなもの)が排泄されるんでしたね。
これもまた知っておいていただきたいことは、すべての猫がトキソプラズマのオーシストを排泄するわけではないということ。
猫の糞便にオーシストが排泄されるのは、原則として猫が初感染したときだけです。
感染してから1ヶ月以内にオーシストの排泄が始まり、約10日間続くと言われています。
猫が過去にトキソプラズマに感染したかどうかは、猫のトキソプラズマ抗体を調べることで確認できます。
猫のトキソプラズマ抗体が陽性だった場合、数ヶ月以上前にトキソプラズマに感染しているということになります。
もはや糞便中にオーシストを排泄する確率は非常に低いので、安心して良いということになります(※)。
逆に陰性だった場合、妊娠期間中に猫がトキソプラズマに初感染し、オーシストを排泄するリスクがあるわけです。感染歴の無い妊婦さんは要注意ということになります。
※ただし、過去に感染歴があってトキソプラズマ抗体を持っている猫が、この先絶対にオーシストを排泄しないということは言い切れません。猫が免疫不全状態になったときにまれに2回目のオーシスト排泄があるという報告があります。飼い猫のトキソプラズマ抗体が陽性だったとしても、念の為、後述する注意事項を守るようにしてください。
「猫のトキソプラズマ抗体検査」は、滅多に実施されない検査なので、愛猫を検査したいときは動物病院に連絡し、実施してもらえるか確認してみてください。
結論:妊婦さんが気をつけるべきこと
人への感染経路は猫の糞便だけではありません。
どちらかというと、生焼けのお肉、調理中に生肉に触れた野菜などから感染する経路のほうが多いとも言われています。
上記を踏まえると、妊婦さん(と妊婦さんの周囲の人)が気をつけるべきことは以下のとおりです。
まず、猫を飼っている妊婦さんは、できることなら病院でトキソプラズマ抗体の検査を受けてください。
妊婦のトキソプラズマ抗体(IgG)陽性→安心してOK
妊婦のトキソプラズマ抗体陰性→猫の抗体検査が推奨される
2の場合は、飼い猫を動物病院につれていき、抗体検査を受けるとよいでしょう。
猫の抗体検査の結果は以下のように解釈してください。
猫のトキソプラズマ抗体陽性→飼い猫からの感染についてはひとまず心配しなくて良い
猫のトキソプラズマ抗体陰性→飼い猫の扱い要注意
1の場合は、ひとまずBに関して注意してください(Aの注意点もできる限り注意することが推奨される)。
2の場合は、以下の「A.飼い猫の扱いに関する注意点」と「B.その他の注意点」を両方ともよく守ってください。
A.飼い猫の扱いに関する注意点
猫の糞便はなるべく早く片付ける(排泄後1日経つと感染力をもつため)
猫の糞便の処理はできるだけ妊婦さん以外の人で行う
猫に生肉を与えない(猫への感染を防ぐため)
外猫と触れ合わない
猫の排泄物を片付けたあとは手洗いをしっかり行う(糞便を処理した手で目をこすったり顔を触ったりしない)
妊娠中に新しく猫を迎えない(感染状況がわからないため)
B.その他の注意点
十分に火が通っていない肉を食べない
野菜と肉のまな板を別にするなど、キッチン周りの肉の扱いにも注意する
生野菜をできるだけ食べない
ガーデニングや畑作業などの土いじりは手袋をつける、終わった後はしっかりと手洗いをする
まとめ:トキソプラズマを正しく恐れること
妊婦さんは猫を飼うべからず!
と聞いて戸惑っている妊婦さんがいるかもしれませんが、正しい知識を身につけて行動すれば、過度に恐れることはありません。
ただし、胎児に感染した際に及ぼす影響は多大ですから、できる限り慎重な行動を心がけましょう。
以上、参考になれは幸いです。
あんじゅのnoteでは、臨床獣医師として日々動物たちの診療にあたっている筆者が、
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