見出し画像

王女と新聞記者の恋:Anizine

外国の人と好きな映画の話をしていて困るのは、題名がわからないことだ。たとえば『ローマの休日』という映画の原題は『Roman holiday』。これなら伝わるが、好き放題に邦題をつけられていると困ることになる。『Billy Elliot』が好きだと言われて、こちらは『リトル・ダンサー』を観ているのに思い浮かべることができないので、知らないと答えてしまう。

題名というのは顔だから、原作者や映画監督やプロデューサーが考えに考えて、物語を伝えるためのベストな言葉を選んだ結果がタイトルになる。それを「若い女の子に観て欲しいから『愛と青春の』とか、つけときますか」という程度の低い会議でまったく違う題名がつけられる。Billy Elliotという登場人物の人生の苦悩は彼の名前に集約されている。『リア王』のようなものだ。

「日本人に馴染みのない外国人の名前だけじゃ、伝わらんでしょ。ダンスの映画だってこともわかんねえし」と、まるで園児を相手にするように噛み砕いたうえに、元には存在しないイメージまでをエンニオ盛り込んでしまう。ちなみに『モリコーネ 映画が恋した音楽家』というのがある。原題は『ENNIO』。人の名前をどちらで呼ぶかには距離感が出る。日本からやって来たイチローはファーストネームで呼ばれたから多くのアメリカ人に愛されたわけで、『ICHIRO』と『鈴木 たくさんヒットを打った外野手』だと考えてみれば、伝わり方の差が園児にもわかる。

副題も「バカにはわからない」という宣伝担当の傲慢さから来ている。「あなたたちは知らないと思うがこの映画は、アン王女という人がローマの街で新聞記者に出会い、一瞬の恋に落ちるという話なのだ」と説明したくなる。ローマの休日は直訳ではあるけど、過不足なく優れた邦題だ。今ならここに余計な一言がつけられるだろう。『ローマの休日〜王女と新聞記者の恋〜』みたいなことになる。離乳食だ。カタチがなくなるくらいまで煮込まれた離乳食を与えないと観ている人は咀嚼できないと思っている。ナメているのだ。

ここから先は

99字

Anizine

¥500 / 月

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。