見出し画像

ふたつの部屋:Anizine

数年前にクアラルンプールに遊びに行った。

ペトロナスツインタワーは、行ったことがない人でも一度は写真などで見たことがあると思う。452m、88階建ての双子ビルで、タワー1の建設を日本のハザマ、タワー2を韓国のサムスン物産建設部門が手がけた。

夜になると柔らかく幻想的なライティングで、ビルの優雅な存在感が際立つ。建物の照明設計としては世界でもトップクラスの美しさだと思う。そのタワーを見上げた時、古い記憶がよみがえった。ペトロナスタワーとは比べものにならないが、若い頃に行ったツインタワーのホテルのことを。

友人と僕は二組のカップルで海辺のリゾート地に来ていた。チェックインを終え、荷物を広いコネクティングルームになっている部屋に置いてから近くの海岸を散歩しようということになった。ロビーを出てから、僕はカメラを部屋に忘れてきてしまったことに気づいた。

「忘れ物を取ってくるから先に行ってて」

皆にそう言ってひとりで部屋に戻る。エレベーターで14階に上がり、手に持ったカードキーで部屋番号を確認した。1408と刻印がある。そう言えばここはツインタワーだ。まったく同じカタチをしたふたつのタワーはA、Bと呼ばれていたが、その時、僕がいたのはタワーAの方だった。「1408A」の部屋の前まで行き、しばらく考えた。

「僕らの部屋はどちらのタワーだったっけ」

上がってきてしまったので取りあえず1408Aの部屋のドアにカードキーを挿してみた。ここが開かなければ、僕らの部屋は必然的に「タワーB」ってことになる。そうなるとまたロビーまで降りて、さらに14階まで行かなければならないから面倒だ。

ガチャリと音を立ててドアが開く。タワーAで正解だった。自分のバッグの中からコンパクトカメラを出し、カードキーをポケットにしまったことを確認してから海岸に向かった。三人は砂浜で貝殻を拾ったり、カニを捕まえたりしていた。僕は青い空や波や、皆の写真を夢中で撮った。カメラに入っていたフィルムはすぐになくなった。

「そろそろ部屋に戻ろうか」

タケシがそう言い、僕らはホテルに向かって歩き出した。黒く影絵のようなヤシの葉とピンク色の夕陽のコントラストが美しい。ロビーに着くとタケシが右の方の廊下に向かって行ったので、僕は、

「タケシ、こっちだよ。タワーAだ」

と声をかけた。タケシとユリコさんは振り返らず、タワーBがある右の廊下をずんずん歩いて行った。僕の彼女のミナはどちらだったか憶えていないようで、タケシたちのあとについていった。彼女はそういうタイプなのだ。エレベーターの前で僕はもう一度、部屋は向こうのタワーだと言ったが、タケシは「タワーBだよ。はっきり憶えてるもん」と言う。

画像1

結局ドアが開かずに戻ることになるのに強情だなとは思ったが、タケシの言うとおりに「1408B」の部屋の前まで来た。僕はタケシにカードキーを手渡し「開けてみて」と言った。

ドアはガチャリと開いた。「な、ここだろ」とタケシは勝ち誇ったように言う。待てよ。タワーが違うのに部屋番号が同じだとどちらも開いてしまうのだろうか。セキュリティ意識が低すぎないか。憤りつつ思ったのだが、驚いたのはそこからだ。

ここから先は

945字

Anizine

¥500 / 月

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。