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下駄箱とキックボード:Anizine

企業のブランディングやコンサルティングの仕事にも関係しているので、ソーシャルメディアを「息抜き」「はけ口」「自己主張の場」だとは思っていない。俺にとっては仕事だし、生活そのものだし、人格の象徴だとさえ思っている。

「半年に一度くらい、告知やお願いを書き込む人を誰も助けてくれない」と書いてから、それは特別にソーシャルメディアだけではなく、ソーシャルであればどこでも同じだなと思った。

何十年も親戚の法事に来ないヤツが遺産相続の時にだけ来たら周囲からどう思われるか。そんなことは考えなくてもわかる。

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もうSNSをやめたようだからいいんだけど、ある典型的な人がいた。

「引っ越しをするので下駄箱が欲しい」。半年くらい経って「子どもがキックボードが欲しいというので誰かいらないのを持っていませんか」。「個展をやるのでギャラリーを借りるお金を支援してください」。こんな投稿だけが半年に一度くらいポツポツと並ぶのだ。スーパーにある「不要なモノを譲ってください掲示板」に書けばいいんじゃないかと思った。

この人は「自分が伝えたい情報と、欲しい情報だけに利用する人だ」とわかると誰も手助けをしてくれなくなる。それは金銭的な損得の問題じゃなくて、愛情や友情の範疇なのかもしれない。いつもあんなにがんばっていたあの人が個展をやるのか、じゃあ応援しよう、という前段抜きに愛情や友情は生まれようがない。

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Anizine

¥500 / 月

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。