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ゴルフの楽しさ:Anizine

俺がゴルフの練習を始めたのは確か、小学校4年くらいだったと思う。これは悲しい記憶として自分の心の深い場所に沈んでいる。心理学用語で言えば「井戸のイド」である。手延べそうめんのことではない。

それまでは父親から小学校低学年にもかかわらず硬式球を全力で投げつけられ、手が痛いからといってグラブの網で捕ると怒られるというスパルタ方式で野球を教えられていたんだけど、あるとき突然「ゴルフやるか」と言われて、毎週末ゴルフの練習場に通うようになった。

幼心にも、自分には父親を満足させられるほど野球の才能がないのだとわかった。ゴルフも同様にスパルタだったが、そのつらさよりも野球の才能がない、と切り替えられてしまったことに落胆していた。日曜日の昼頃に近所のゴルフ練習場までクルマで行き、父親と並んで夕方までひたすら球を打つ。頭を動かすなと言われ、クラブのグリップで頭頂部をグリグリされる。スタンスが狭いと言われてヒザをグリップでビシビシされる。カーボンシャフトでグリグリのビシビシだ。

父は俺に教えるのに飽きると、隣の知らないおっさんに教え始める。「あなたのは右肩が早く出てしまうからスライスするんだよ」などと頼まれてもいないのに適当な説明をしながらその人の打席に入り込み、パコーンと打つ。「ね、こうやるんだよ」と言いながら。自己流でお世辞にも綺麗なフォームじゃないんだけどシングルで、ドランバーは遠くまで真っ直ぐに飛ぶ。中学生まで、毎週この繰り返しだった。

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俺はゴルフのことなどなかったように、会社員になった。会社ではヤマハのゴルフクラブの広告を手伝っていたことがある。スタジオで撮影に使うクラブを準備しながら、「サンドウェッジですね」と言うと、先輩のスタッフが、「お、お前わかるのか」と言う。俺はまだ25歳くらいだったからまさかゴルフを知っているとは思わなかったんだろう。当時はそんなに若いやつがゴルフをしていることは多くなかった。「今度一緒に行こうか」と誘われたが、嫌だった。

日本のゴルフにはスポーツ以外の慣習や意味がつきまとう。接待ゴルフ、金持ちの趣味、などという言葉に代表されるように、純粋なスポーツを感じないから苦手という人も多いようだ。

ヤマハの仕事をしなくなって、またゴルフのことはすっかり忘れていたんだけど、ある撮影でマウイ島に行った。そこでオフの日に「ゴルフでもやりますか」と言われた。日本スタイルの「数ヶ月前に予約をして朝の5時頃に錦糸町の駅前でクルマを待っているおじさん」のイメージしかなかったのだが、何の予約もなく、市民プールの受付くらい簡単にレンタルクラブを渡されてコースに出られた。広々としたリンクス、前後には一組もいない。そこを下手くそなりに回っていると、「なんだ、ゴルフって楽しいんじゃん」と初めて思った。

頭をグリップでグリグリされるのがゴルフではなかったのだ。父親は俺がコースのブッシュなどに打ち込むと、探すのが面倒だから「新しいボールをフェアウェイから打て」と言った。とにかく気が短いのだ。最後にスコアを見ても、それが自分の能力だとは思えないのが残念だった。インチキしてるもんな、と思った。

27歳のときに、ロンドンからスコットランドに行く途中でゴルフ好きのイギリス人と話した。

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。