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暗算のお兄さん:Anizine

数年に一度くらい、若い頃を思い出すことがある。他の人の頻度は知らないけど、俺はかなり過去を振り返らないタイプだと思っている。昔やったことなんて何の価値もないと思っているし、ましてやそこで誰かに褒められた話をしたりされたりするのはウンザリだからだ。思い出話をした途端に人は老けるのだと思っている。

相変わらずドタバタと仕事をしている毎日だけど、仕事を片付けた後に数時間だけ空くことがある。そういうときに行く場所はいくつかしかない。俺は三つのデザインプロダクションに勤めた経験がある。浜松町、青山、銀座。浜松町はあまりにも丁稚すぎて思い出すことがない。社会人として物心がついていなかった頃、と表現してもいい。

青山はやっとデザインをすることの面白さがわかったり、色々な人と出会ったりした思い出の場所なんだけど、近所で毎日通っているからあまり懐かしさを感じられない。今日の昼、いくつかの仕事を終わらせて仕事場の外に出た。天気がよく、気持ちがいい。渋谷からタクシーに乗り銀座に向かう。

地下鉄が嫌いなのは街の連続性が感じられないから。地下に潜って出発して地上に出ると目的地に着いているのは「ワープ」で、途中がない行動には面白みが感じられないのだ。渋谷の仕事場から銀座まではタクシードライバーに道を任せる。ある人は青山通りを赤坂に向かい、またある人は六本木通りへ。大きく分けるとふたつしかないけど、そこにはドライバーの性格が出るような気がする。車窓から空のひらけた風景が楽しめるのは青山通りで、六本木通りは高速道路の下を通るので頭上に圧迫感がある。

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2年間、青山、それから銀座で10年、独立してから20年はずっと渋谷にいる。仕事をしてきたクライアントもほぼそのあたりに収まるので、極端に狭い活動エリアだ。家は港区なので、ここ30年は中央区、港区、渋谷区だけしかウロウロしていない。

渋谷から青山一丁目、赤坂、永田町、数寄屋橋から銀座4丁目へ。街は変わったところもあるし、変わらないところもある。完全に当たり前のことを言った自覚はある。4丁目から東銀座まで歩いて「ヤンヤン」の看板が目に入った。隣には「三共カメラ」がある。若い頃に初めてハッセルブラッドを買った店だ。巻き上げてからレンズを外すという作法を知らなかったために、買ってから二日で修理をする羽目になった。

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Anizine

¥500 / 月

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。