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善意でメッキされた言葉:Anizine

自殺の問題は確実に哲学や宗教の領域だから、軽率には話せない。

まず一番に除外すべきなのは「ポエティックな言葉」や「典型的な言葉」で、これらが流通することによって、窓は曇り、前が見えなくなる。もしかすると辛い現実を認識したくないための磨りガラスが、それらの言葉の役割なのかもしれない。

現実をバイパスするには「取るに足らないどうでもいいことだ」とか「そこには問題など存在しない、なぜなら私には見えていないから」という詭弁を使う方法がある。

ソーシャルメディアというビッグデータからは、あらゆる問題への人々の反応の典型を知ることができると期待しているんだけど、9割以上の言葉はその人のオリジナルな反応ではない。こういう問題が出題されたらこう答えるという感情の方程式を受験勉強のように暗記した言葉が並ぶだけだ。

タクシーに乗ったとき、横断歩道で赤信号を渡る外国人がいた。急ブレーキを掛けて止まった後、運転手は「ガイジンはああいうバカが多いんだよね」と言った。その後「なんとかっていう黒人みたいな日本人がテニスの大会に出てたんでしょ。素人考えだけどさ、ああいうのも勝手だよね」と言う。俺は答える気にもならないので無視した。

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「学べ」とは言わない。でも、U.S. OPENがテニスをする者にとってどれほどの大会であるか、大坂なおみさんというプレイヤーがどれほど差別問題と戦ってきたかの歴史をまったく知る気もない人が口に出す言葉は「素人考え」という免罪符を使おうと、まったく免罪されない。

なぜなら、その学ぶ気がない「無知」が差別の原料だからだ。

BLMの運動について反論していた人が「BLT」とツイートしていたのが揶揄された。その誤記は何度も出てくるから偶然の誤字ではなく無知だ。つまり、BLMとベーコン・レタス・トマトの区別もできない人が彼らを批判するという笑えないパロディになっていたが、それを面白がっている場合ではない。

反対に「無知を原料とする賛同」も同じだ。フェミニズムでもレイシズムでも、受験勉強のようにこう言っておくとわかっているように見られるという、善意側に立った無責任、善意メッキされた言葉ほど鳥肌が立つモノはない。

最終的に人間の一番の問題は何かと言うなら、なぜ生まれ、なぜ死ぬのかしかない。ギリシャ時代から何も変わらない哲学や宗教の領域なんだけど、安全な国に暮らしていると、死は漫画のワニが死ぬのをカウントダウンする程度の娯楽でしか語られることがない。

若い人の自殺、それも面識がある人の複数の死に触れると、アニの中のワニ以上の部分が刺激される。

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。