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たっちゃん:Anizine

午後2時、電話が鳴った。鳴ったというか、鞄の奥の方でブルブル、ジージー震えている。昨日の夕方の打ち合わせのときに音が出ないようにしたのを思い出した。

「もしもし、たっちゃん」
「ああ、コイケか。久しぶり」
「昨日の夜、俺、ずっとたっちゃんに電話していたんだよ」
「ごめん、音をミュートしてた」

スマホには、友人であるコイケからの着信履歴がいくつも残っていた。

「たっちゃん、何してたの」
「忘年会。結局夜中の2時過ぎまで六本木で飲んでて、どうやって家に帰ったかすら覚えてない」
「そうか。昨日は忘年会だったのか」
「うん。コイケが電話してくるなんて珍しいね、何か用事があったか」

心なしかコイケの声は小さく弱々しく感じた。悩み事でもあるのだろうか。

「昨日の夜、11時頃かな。テレビを見ていたら頭が痛くなったんだ」
「うん、それで」
「すぐに治ると思って我慢してたんだけど、どんどんひどくなった」
「それで俺に電話してたのか」
「もしかしたらこのままひどくなって倒れるかも、と思ったから」
「おいおい、大丈夫かよ」
「でも、たっちゃんが全然電話に出てくれないし」
「ごめん。スマホを鞄の中に入れてて、気づかなかった」
「これ以上ヤバくなったら救急車を呼ばなくちゃいけないかも、って」
「本当に悪かった」

コイケは2016年のブラジル・オリンピックで日本代表として出場したラグビー選手だ。高校生の頃から体も大きくガッシリしていたし、健康そのものだと思っていた。惜しくもオリンピックでメダルは逃したが、4位だった。テレビのバラエティ番組にチームが出演しているとき、俺は周囲の人たちに「こいつ、俺の同級生なんだぜ」と、誇らしげに言ったものだ。

「どうして電話に出てくれなかったんだよ」
「だから、音を消してて」
「電話をしていたら、急に視野が狭くなって、鼻血が出てきたんだ」
「本当か。それでどうしたんだよ。病院には行ったのか」
「行ってない」
「なんでだよ。それはかなりヤバいぞ」

あらためてスマホの画面を見てみると、昨夜の23時から2時まで、数分おきにコイケの電話の履歴が残っている。あれだけのマッチョでも一人暮らしだから心細かったのだろう。

「たっちゃん、今はもう、何の痛みもないから大丈夫だ」
「そんなことあるかよ。重大な病気の兆候に決まってるよ。病院に行け」
「たっちゃん、今まで寝てたの」
「うん。もう昼過ぎてるのか」
「もう2時だよ、たっちゃん」
「俺も飲み過ぎで頭が痛いよ」
「たっちゃん、どうして電話に出てくれなかったんだよ」
「だから」

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。