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イニシャルすら言いたくない:Anizine

とても苦手な存在。名前はおろか、イニシャルでも呼びたくない。

と言えばわかってもらえるかもしれない。あまり得意だという人は聞いたことがないので共感してくれる人は多いと思う。

ある中華料理店でのこと。俺は友人と食事をしていたんだけど、業務用のあいつがテーブルの上にあらわれた。あいつらは大きく分けて2種類、「家庭用」と飲食店などにいる「業務用」がいる。家庭用は王様のように立派な黒々とした姿で、業務用は質素な薄い茶色をしている。インパクトだけで言えば王様の圧勝なんだけど、業務用はその行動範囲の広さから、出会うことが多い。

テーブルの上にある調味料のトレーの中に業務用のそいつはいた。彼なりの業務をしていた。

あいつは酢とか醤油などの容器の間をちょこまかと這い回っている。飲食店にとって彼らを完全に排除することは不可能なのだろうし、実際の話、どこにでもいるんだろうけど、こういう脂ぎった中華料理店では彼らの存在をそれほど気にとめないこともあるので、飲食店のランクにより意識の差はある。

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俺はその業務用から、一瞬たりとも目を離さないようにしながら炒飯をできるだけ早く食べ終わろうとしていた。嫌いなモノを凝視し続けるというのはつらいものだが、もし目を離してしまい、いきなり自分の皿の中に発見でもしようものなら全身の毛穴からリンパ液が噴き出すほどの恐怖を感じるだろう。だからつねに彼らがどこにいるか、安全な距離を保っているかだけは把握しておく必要がある。

彼が醤油の容器の注ぎ口の部分にしがみつき、細く長い触覚をフルト・ベングラーのようにゆったりと動かしているのを見た。「あそこは、いたらいけない場所だろう」と思った。俺は炒飯に醤油はかけていなかったが、隣にいた友人はその様子をじっと見て固まっていた。彼は餃子に醤油を使っていたからだ。しかし問題はそんなに生やさしいものではなく、この店では、いや、どの飲食店でもかれら業務用が継続的にフルト・ベングラーした場所だらけであることは明白だ。

俺たちはうつむいて食べながら、上目遣いで彼の動きを追う。そのとき友人が消毒用のアルコールスプレーがあるのに気づき、攻撃に転じた。調味料のトレーの上からアルコールの絨毯爆撃をしたのだ。

業務用は最初こそワルキューレ的な爆撃から逃げようと走り回っていたが、徐々に動きが緩慢になり、トレーの外に出て力尽きていく。友人は「これで安心して食べられる」と思ったのだろうが、甘かった。これは目を覆いたくなるような、さらなる惨劇の始まりだったのだ。

※当然おわかりだと思うが、苦手な方々はここから先を読まない方が賢明である。

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。