記憶タクシー:博士の普通の愛情
カップルがタクシーに乗り込むと、ドライバーが後部座席に手を伸ばして、CMが流れるモニタのスイッチを切った。
「お客さん、これ嫌いですよね」
「え、どうしてわかるんですか」
「以前お乗せしたとき、すぐに切られていたのをおぼえていたので」
「毎日たくさんの人を乗せているのに、僕のことをおぼえているんですか」
「ケンジってあまり特徴がない平凡な顔なのに。すごいですね」
「どんな言い方だよ」
「まあ、記憶の病気というか、忘れられないんですよ」
ドライバーは過去に乗せた全員の記憶がはっきりとあるのだという。
「病気って言いましたけど、不便とか、よくないこともあるんですか」
「ありますよ。毎日増えていくので頭の中が満員電車みたいになります」
「僕が乗せてもらったのはいつだったかも、おぼえてますか」
「もちろん。2020年の1月21日です。おふたりが乗られたあそこから、世田谷代田、環七の通り沿いでしたね」
タクシーの中に沈黙が訪れる。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。