ベッドの下:Anizine
男女がたまたまバーで出会った、というのはおかしな表現だ。バーというのは知らない誰かとたまたま会う場所だから。
女は31歳、男は42歳。二人はカウンターの端と端で飲んでいたが、ある話題で盛り上がりながら次第に距離を縮め、最後には仲良く店を出て行った。僕がバーで見ていたのはここまでだから、あとは数日前に新聞に載った記事を手がかりに組み立てた話だ。
ふたりは新宿6丁目のそのバーを出たあと、3丁目にある男の部屋に行ったのだそうだ。まだそれほど遅い時間ではなく、23時半頃だった。
客の男がバーで話していたテーマは「S&M」だった。バーテンダーはその話を興味なさそうに聞きながら、うなづいている。たまらず女が男に聞いた。
「あの、エスアンドエムって何のことですか」
「ああ。SMのことです。日本ではエスエムって言いますね」
男はどうやらエスアンドエムが好きなようで、その質問をしたことをきっかけに、男女の会話はかなりきわどく具体的な領域にまで入り込んでいったように見えた。
「さて、僕はそろそろ帰りますけど、どうしますか」
「さっきのを実地で教えてもらいたいです」
僕とバーテンダーはふたりを振り返る。行くのか。
彼らが店を出て、取り残された僕らはため息をついた。
「本当にあんな漫画みたいな展開ってあるんですね」
僕が言うと、
「長年やってますけど、あれほど鮮やかなのは見たことがないです」
と言う。だって、SMってこういうことをするんだ、じゃあ教えて、なんていうできすぎた話があるもんか。まるで中学生男子の妄想だ。
「できすぎですよね」
「あ、お客さん、もしかしたら」
バーテンダーも僕も、もしかしたら男が騙されているんじゃないかと同時に思った。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。