モモグラ:Anizine
中学生の頃、気に食わなかったヤツをいじめていました。「桃山」という、スポーツも勉強もできなくて、モジモジしておどおどしたモグラに似た男でした。俺たちはそいつをモモグラと呼んで、退屈な毎日の憂さ晴らしをしていたのです。そういう我々も別に運動をするわけでも勉強をするわけでもありませんでしたから、人のことなど言えなかったのですが、矛先は自分より弱いモノに向かうのが必然です。
モモグラは学校からかなり遠いところに住んでいましたが、もう数軒先だったら隣の中学に行っていたはずでした。「お前よ、もし向こうの学校に通っていたら俺たちにいじめられなくて済んだよな」と言うと、「あっちの学校のほうがもっといじめられてたかもしれないじゃん」とモモグラは答えました。そういう言い方がまた頭に来るのです。
俺たちの中で一番冷酷ないじめをしたのはカトウでした。カトウは一年留年していたのでひとつ年上でした。俺たち仲間には「同じ学年なんだから敬語を使うなよ」と言っていましたが、ダブっていたのを知られたくなかったようです。カトウはトリッキーないじめを開発するのが大好きで、センスがありました。モモグラだけでなく軽いいじめの対象は他にもいたのですが、ここぞというときにはモモグラで試しました。
「鉄ちゃん、新しいのを考えた」
「カトちゃん、ペース速いね」
「最近、乗ってるからさ」
「モモグラで試すでしょ」
「もちろん」
放課後、モモグラが体育倉庫に連れ込まれ、カトウは内側から鍵をかけました。マジソンスクウェアガーデンのバッグの中からガムテープを取り出すとモモグラの制服のズボンの裾をカトウはグルグルと巻き始めました。モモグラはこういうときに少し強がってみせます。
「カトちゃん、巻き方がキツいよ」
「うるせえ。黙ってろ」
夏休みの少し前だったので、締め切った暑い体育倉庫の中で俺たちは汗だくになっていました。
「もう少し巻いておくか」
カトウはニコニコしながらモモグラの足をガムテープを一本使って密閉します。次にボストンバッグの中から取り出したのは虫かごでした。中には数十匹のカナブンやクワガタ、あろうことかスズメバチのようなものまで混ざっていました。
カトウはモモグラのズボンのベルトを緩めると、パンツの中に虫かごの中のモノを全部ぶちまけてからベルトを元通り、キツく締めたのです。
「痛い、痛い。噛まれた。刺されたかも。痛い。やめて」
モモグラは両腕を後ろで鉄ちゃんに掴まれているので身動きができず、半泣きになって身をよじっています。
「痛い。今のは完全に痛い。ハチじゃねえか」
「ああ、ハチが入っていた気がする」
「気がするじゃねえよ。痛え」
「カトちゃん、いくらなんでもスズメバチはやりすぎだと思うよ」
「うん。鉄ちゃんの言う通りだな。他のヤツにやるときはスズメバチはやめとこうか」
「俺ならいいのかよ。お前らふざけんなよ。痛いよ、痛い」
翌日モモグラは学校を休み、代わりに職員室にモモグラの母親が来ていました。俺たちは担任に呼ばれ、母親が見ている前で全員がビンタされることになりました。怒りで顔が真っ赤になったモモグラの母親は俺たちを睨みつけ、「うちの子の足は腫れ上がって、競輪選手みたいな太さになっているんですよ」と怒鳴りましたが、それを聞いた鉄ちゃんがこらえきれずに笑ってしまい、もう一発ビンタを食らうことになりました。俺たちは学校からの帰り道で「競輪選手っていうワードは反則だよな」と笑いました。
いま突然そんな中学時代のことを思いだしたのは、タクシーの中でかかっていたラジオ番組で、当時流行っていた原田真二の曲をたまたま聴いたからです。懐かしいなあ、とスマホの中にあるカトウの電話番号を探し、電話をしてみましたが留守電でした。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。