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博士の普通の愛情

恋愛に関する、ごく普通の読み物です。
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2022年8月の記事一覧

『懺悔録』:博士の普通の愛情

僕がある雑誌にコラムを連載していたときのことだ。誰が読んでいるかわからないようなつまらない雑誌に、どうでもいいくだらないことを書いていた。そこまで口汚く言うのは、当時の僕はそんな仕事しかやっていなかったという今の自分からの罵倒である。 ノリカという女性がいた。スタイリストのアシスタントをしていて何かの撮影で知り合った。彼女は僕と出身地が近いということだけで騒いでいた。僕の街は人口が370万人くらいいるそうだからウルグアイの全人口より多く、東京で出会うことは奇跡でも何でもない

あのトンネル:博士の普通の愛情

妻と近隣の街に買い物に行くと、おかしなことを言うことがあった。山奥の自宅に帰るにはわざわざ遠回りになる店に寄りたいと言い出すのだ。僕は多少面倒だなと思いつつ、週末くらいは付き合うかと渋々車を走らせていた。あとから思えば、妻はあのトンネルを通りたくなかったのだろう。 トンネルを迂回して山道を走ると約40分ほど遠回りになる。必要なものは街で買ったというのに、妻は途中にあるどうでもいいカフェに寄ったり、さびれたアウトレットモールをのぞいたりする。あるときなぜそんなことをするのかと

弟のマクラーレン:博士の普通の愛情

二つ年下の弟からLINEが来た。彼とはほとんど連絡を取ることもなく、画面を見てみると最後にメッセージが来たのは今年の正月だった。 「最近、忙しいの」 「そうでもないけど。お前は」 「まあまあ。いつも通りって感じ」 「珍しいじゃん。何かあったか」 「もし日曜日に時間があったらうちに来ないか」 「いいけど、なんで」 「マクラーレンを買ったんだよ」 弟と僕は小学生の頃からクルマが大好きだった。スーパーカー図鑑という本に載っている車種をふたりとも全部記憶していた。うちはそれほど裕