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『懺悔録』:博士の普通の愛情

僕がある雑誌にコラムを連載していたときのことだ。誰が読んでいるかわからないようなつまらない雑誌に、どうでもいいくだらないことを書いていた。そこまで口汚く言うのは、当時の僕はそんな仕事しかやっていなかったという今の自分からの罵倒である。

ノリカという女性がいた。スタイリストのアシスタントをしていて何かの撮影で知り合った。彼女は僕と出身地が近いということだけで騒いでいた。僕の街は人口が370万人くらいいるそうだからウルグアイの全人口より多く、東京で出会うことは奇跡でも何でもないのだ。彼女はおそらく何かの接点を見つけたがっていたのだと思う。

何から何までありがちな展開を経て、僕らは6割程度の恋人になった。あまり言われないことだけど、恋人の割合はとても大事だ。みんな相手に10割を求めるが、そんなものはない。たとえ片方がそうであってももう一方は4割の可能性だってある。僕らは互いに6割程度だったからどちらも束縛しようとしないし、ふたりの未来を描くこともなかった。

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彼女はわかりやすいワナビーな人でそのスタイリストのアシスタントも数回でやめたという。「なんか、私のやりたいことと違っていたんだよね」と言うのだが、たった数回でそんなことがわかるはずもない。そして誰かと会うたびに有名なスタイリストのところで仕事をしていた、と自己紹介をした。僕は事実を知っていたので適当なことを言っているなと思ったが、もし10割の恋人なら、それは間違っているとか、そう言わない方がいいよという教育的指導をしていたと思う。

「ねえ、結局さ、死ぬときに誰といるかじゃないの」
「何だよ、急に」
「私、死ぬときにあなたと一緒にいる気が全然しないんだよね」
「僕もノリカと一緒にいる想像はできないよ」

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。