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大きな転機②


 こんにちは。または、こんばんは。アユムです。
 前回は旅の中断から3ヶ月経つ頃までを書きました。
 今回はその続きを書こうと思います。

 旅の中断から3ヶ月が過ぎようとする中、僕はこのままで良いのかとても不安になります。
 自分は勝手気ままに生活していますが、他の兄弟は学校や家事、下の子供たちの面倒などをみながら、忙しく生活しています。
 僅かとはいえ、高校入学時に決めたお小遣いは休学中も貰えています。

働かざる者食うべからず

 母から聞かされ続けた言葉です。時間があるのに、何もしないでいることに罪悪感と退屈を覚え、バイトをする決心をします。
 とはいえ、優先順位は父との二人旅。求人誌を片手に、思い立ったが吉日を地で行く父に対応するため、何時でも辞められて、シフトが自由になる仕事を探す日々。

 あった!選んだのは登録制の日雇い派遣の会社。迷子癖があるので、事前に2度ほど所在地を確かめるため現地に行き、迷子になりなながら、場所を覚え、登録説明会に備えました。
 余談ですが、迷子になった時は財布も携帯電話も家に置いてきていて、見ず知らずの人に声を掛けることもできず、3時間ほど帰れなくなりました。

 さて、派遣会社への登録も済んだその夜、父からドライブに誘われ、そこでこのような言葉を掛けられました。
 「せっかく、派遣の仕事をするなら、立場も生い立ちも考え方も違う色々な人達がいるからその人達を見ておいで。」 

 仕事の仕方や、人間関係についても注意深く観察してこいと言ったのです。

 そして、

何故、その人がそのように感じ、考え、行動するか?その裏にどのような経験や思惑が隠れているか

 派遣の仕事を通して、また、仕事で出会った人と話し、自分がどのようになりたいか、何をしたらどうなるか、人についてを深く学んできなさいという意味でした。

 更にもう1つ。
 「仕事が100あるうちの1つでもいいから、1日に1つでいいから何かを貰って(学んで)来ねみな? 」と。
 1日に1つだけでも学んでいけば、積み重なった時、自分だけのオリジナルになる。焦らなくていいから、1つずつ確実に学んでいけば良いと教えてくれたのでした。

 引越し、イベント会場設営撤去、食品工場、ポスティング、自動車部品のピッキングなど派遣先はその日によって変わり、どの仕事も体力や集中力を使う仕事ので、物覚えの悪い僕にとっては毎日が戦いのようでしたが、有難いことに、同じ派遣会社の人達が温かく大らかな人達が多かったので、少しずつ仕事を覚えながら、色々な立場や境遇の人と出会い話すことができた。しかし、「言葉にならないモヤモヤ」は徐々に、確実に大きくなっていた。

オーラの泉

 派遣での仕事が始まるか始まらないかという頃、夜寝れずに普段あまり進んでつけることのないテレビを点けた。
 画面の中では、花々に囲まれた煌々とした照明と椅子に腰掛け談笑する4人の姿が映っていました。
 どうやら、心霊関係の番組らしい。けれどもなんか胡散臭い。
 僕はチャンネルを回し、他の番組を観ることに決めた。が、興味を持てる番組がやっていない。仕方なしに先程の胡散臭い番組を観てみることにした。TOKIOの国分太一さんが「美輪さん」と、隣に座る黄色い長髪の男性とも女性ともつかない相手に呼び掛ける。
 初めて「美輪明宏」を目にした瞬間。名前だけは『うしろの百太郎』で知っていた。
 少しだけ興味が湧く。この「美輪明宏」という人が、類稀なる霊能力者だと描いてあったから。その人が、一歩譲り、左隣に座る着物を着た太っちょの男性に”視えたこと”を伝えるように促している。ということは、かなりの実力者ということになる。
 だが、それだけでは疑う気持ちは晴れない。彼の語る霊的な世界や、美輪明宏が語る真理は、その時の僕には、まだ納得のいくものではなかった。けれども、出演しているゲストは、「江原啓之」という霊能力者の語る世界や、彼が視たものにとても驚き、それでいて深く納得しているように見えた。

 番組が進行する中で、あるトークの中で「言葉にならないモヤモヤ」が突如として、ハッキリとした『問い』の形になった。
 『問い』の形になれば、思考も働き出し、自ずと『答え』も出る。
 番組の終盤、美輪明宏の言葉が画面いっぱいに映し出される。 番組中で何度も繰り返される言葉。

 世の中に偶然はない。全て必然。 

 この先、幾度となく聴き、目にすることになる言葉。そして、この日の放送中に何度も聞き、理解できず、納得できずにいた言葉が、一陣の風に吹かれた時のような鮮烈さと彩やかさを持って身体中に木霊する。 
 まるで空を覆う、ぶ厚い雲が晴れたような、眩しさと気持ちのいい温かさを伴った電流が身体に奔るようだった。
 
 高校休学後、父と旅に出ている間に、それまでスクリーン越しに見ているような感覚だった世界の色や形がくっきりとし、匂いや感触がハッキリと感じ取れるようになった瞬間があったのですが、その時と同じような、より、世界の輪郭が具体性を帯びた瞬間だった。 

 そうこうするうちに、休学の期限を終え、同級生が高校3年生に進級する年、僕は、1学年下の2年生へと復学します。
 
そして、復学直後の5月。


 「あんたは、親権、親父の方で良いんでしょ!?」

 目覚めたてホヤホヤ、起床後30秒で母親から叩きつけられた一言。
 実に素敵な目覚まし。どんな眠気も一発で吹き飛ぶ威力。

 トイレに行くために3段ほど降りかけた階段でフリーズする僕。
 ほぼ直感と閃きと言ってもいいほどの速さで、脳みそは高速回転を始める。
 僕から上の兄弟のことは心配いらない。(一人は卒業してるし)
 別れたら、下の兄妹はどうなるんだろうか?両親は、ケンカをする時は激しいけれど、良いところも沢山あって、この両親あってこその我が家だ。
 下の子たちには、この両親が両親であるということが必要に思えた。
 「離婚 」ということだけで、僕らには十分過ぎるほどのショックだ。
 まして、まだ小学校高学年の妹と低学年の弟にとって、どれだけの心の傷になるだろうか。

 親父は?

 旅の間中、散々、少しお金が入ったらみんなでこうしよう、ああしようと楽しそうに話していた父の姿が目に浮かぶ。

 最愛の人と別れるということが、彼にとってどれだけの痛手なのか考えるまでもなく分かる。
 息子を亡くし、最愛の人に別れを告げられた時、本来は繊細で柔らかな感性を持つ彼は生きていけるのだろうか?
 刹那、家族と連絡が取れなくなり、彼が真っ暗な道を進み闇にのまれる映像が脳裏に浮かんだ。

家族の繋がりを失くしてはいけない。

 物理的な距離、住まいが変わったとしても、心の距離まで離れ、繋がりを切ってはいけない。
 僕の選択が、家族にとって大きな意味を持つ。と、強く感じた。

 僕は学校を辞めることになるだろう。生活もままならないかもしれない。けれど、僕のことは、僕の意志でどうにでもできる。

確信があった。

だけれども、妹や弟たちの未来は?適切な時に導かれることの大切さや、求めた時に与えられない辛さは嫌という程知っている。
 この子たちにまで、不必要な我慢や、選択肢を狭めざるを得ない経験はさせたくない。

 僕は、生まれて初めて、母親に対して
 「はい。」
 と、返事をした。

 言葉を叩きつけられてから、長くても1分程の間の思考だったと思う。

 17歳の初夏の朝の出来事でした。

 人は極限状態に陥った時、時間が引き伸ばされるような、或いは、凝縮され短く感じるような体験をすると言います。
 思い返すと、あの時は、僕にとって、ある種の極限状態だったのかも知れません。

 この選択をできた背景には、オーラの泉を通してスピリチュアリズム(霊的真理)を学んでいたこと、マザーテレサの「平和は足下から」という言葉や「あなたの中の最良のものを」など、偉大な先人達の気づきと戦い、経験を読書を通して追体験し学ぶ機会があったからだと思います。
  そして、何より、父の「思い・言葉・行動」の一致した、偽りのない姿を見せて貰えたこと。
 これらの経験失くして、この決断はできなかったと思います。

 最後に

 僕は、23歳の時まで、「自分の責任と決断の上で人生の舵を取っている」と感じ、考え時に自分自身に強く言い聴かせてきましたが、23歳の頃、それらの考え方や築いてきた習慣を投げ捨て、自分自身のその時の境遇を【親】や【環境】の所為(せい)にして責任転嫁をしようとしました。
 その結果(と、僕は感じていますが)、それまで、ギリギリでも、持ち堪えていた生活が賄うことが出来なくなり、習慣付けていたことやそれまでできたことができなくなり、泥沼から抜け出せないような感覚をつい最近まで持っていました。
 とはいえ、23歳以降に自分がしたことを【清算】できた訳ではありません。今、現在も清算するために努力をしています。
 むしろ、やっと、清算するための地に足が着いた努力を始めれたように思います。

 話は変わりますが、【貧困の連鎖】という言葉を耳にしたことはありますか?
貧困の連鎖は、親の経済状況だけではなく、親自身が貧困の中で育った経験や、依存症などの精神疾患などにより、【子供が子供として安心して育つことのできない状況】も背景にあると言われています。
 また、それらが一因となり、コミュニティ(人との繋がり)からの排除や、情報からの排除(通信機器を持てない、酷い場合には学校などに行けない)など、それぞれの要因が絡まり合い、貧困という状態から抜け出しにくくなってしまいます。
 
 幸いなことに、僕自身は貧乏は経験していますが、経済的な理由などでコミュニティなどから排除されることはありませんでした。

 もし、少しだけでも余裕があるならば、ギリギリで持ち堪えている人や、辛そうな境遇、環境の中にいる方を想い、みんなが少しでも、笑顔で過ごせるよう、そういった方々に美しい景色やその人の笑顔を想像し、”祈り”の美しいエナジー(念)を送って頂けたら幸いです。

この記事を読んで不快な思いや辛い経験を思い起こさせてしまった方などいらっしゃいましたらお詫び致します。

最後まで読んでいただきたいありがとうございました。
 

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