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紅い雄牛の一突きに震えるリス

買収決定報道

7/26~27にかけて、自分のTLをどよめかせたニュースがある。

レッドブル、大宮アルディージャ買収で大筋合意

噂レベルでは2月ごろから断続的に報道が出ていた話で、寝耳に水という訳ではないが、とうとう確定段階まで来たという状態になったことで、大宮サポのみならず他サポであってもリアクションするレベルの衝撃が走った。

その衝撃を受け止めてみると自分の中にもモヤモヤとするものがあって、日食なつこさんの appetite を無限ループで聞きながらなんとか文章をひねり出そうとしていたらあっという間に 7,000文字近くになった。

「きっと今足りない何かがここで見つかると思ったんだ」
「平凡な世界は今日も美しく昨日のままの僕らでもいいと笑う」
「僕らしさなど僕が決めても変えてもいいはずだよ」
「ちょっぴり欲を出してみることでちっちゃなきっかけになってみたい」
「誰も見たことない君が隠れててもいいはずだよ」
「もし迷ってしまってもご愛嬌でさ」

今の気分と、この文章のテーマにこの曲はぴったりだった。曲が2~3回ループする頃には読み終わるはずだから、皆様も BGM に流しながらどうぞ。

レッドブル関連クラブの輝かしい実績

サッカーの話に戻ると、報道の中にもあった通りでレッドブルは既にオーストリア、ドイツ、アメリカ、ブラジルと世界各国でサッカーチームの経営に参画している。こういう多重構造のクラブ経営を行なっているのは何もレッドブルの専売特許ではない。日本でマリノスを傘下としているシティグループなども含め、昨今の潮流と言ってもよい。複数クラブ保有(= Multi Club Ownership 以下ではMCOと略する)にはメリットがあるのには間違いない。

クラブ運営のナレッジは、おそらくどの国であっても共通する部分がある。充当する各種のリソースを共有することで効率化できるのは想像に難くない。人的な面でも、財政的な面でも、情報的な面でもそうだろう。選手のスカウティング情報を共有して獲得の参考にし、獲得した選手達を育成する時にも適切なレベルのリーグ、クラブに充てることができる。しかし、仮に人知を尽くしたとしてもピッチの上で起こることは水物だ。かけたコストに必ずしも比例するわけではない。結果のリスク分散という意味でも、一つのクラブに集中するよりも優れたモデルであることを窺わせる。「ビジネス」としてサッカークラブ運営を見た時には大変に魅力的なあり方なのだろう。

レッドブルは、世界的に見て、各クラブを束ねた MCO としてのハンドリングを非常に上手くやっている企業だと言ってよい。オーナーシップを持っているクラブの成績面をみると、2005年に買収されたザルツブルグの来歴が特に輝いている。買収直後の05-06シーズン以来準優勝と優勝を繰り返し、13-14シーズンから22-23シーズンまではリーグ10連覇という輝かしい金字塔を打ち立てた。もう一つのケース、RBライプツィヒの場合もそうだ。2009年の買収当時5部リーグ所属だったクラブはその後次々と昇格を繰り返し、瞬く間に16-17シーズンにはブンデスリーガ1部に昇格。そこからの8シーズンでまだ優勝こそないものの、平均順位は 3.375位と高く、カップ戦DFBポカールの連覇など充分過ぎる程の実績がある。アメリカでもニューヨーク・レッドブルズが買収以降3度のサポーターズ・シールド獲得を果たしていて、これもまた競技成績の面ではなまじっかには文句をつけられない。

Jリーグでも、同じ規格のピッチの上で同じようにサッカーをしているのだから、これらのクラブの順位を押し上げてきたナレッジはおそらくかなりの部分では同様に有用に働くだろう。Jリーグは順位面では特色があるリーグで、欧州各国のリーグにあるようなビッグクラブが存在しない。良くも悪くも順位の変動が激しく近年もフロンターレやマリノスあたりが比較的安定して強い時期があったが、昨年はヴィッセルに優勝を攫われた上に、今シーズンになると双方ともに今のところ中位以下に沈んでいて、首位を快走するのはJ2から上がってきた直後のゼルビアである。こういった、ある意味では戦力の均衡に一定程度成功しているリーグだから、国際的に安定したクラブ運営メソッドの導入が効果的な可能性があると思う。差別化が上手くできれば、今のゼルビアが見せている成功の轍の後を追えるだろう。そこで長期的に安定するかどうかはまた別の問題として。

成績が向上すれば良い?

であれば、冒頭の報道は大宮アルディージャというクラブと、そのサポーターにとっての朗報なのか。この問いがこの文章を書くにいたった動機の大部分を占める問題だ。成績の向上それ自体は、近年低迷を続ける大宮アルディージャにとっては間違いなく朗報だろう。去年まで長年 J2 で燻っていて、今季はとうとう J3 に戦いの場を移した。現在までの J3 首位独走はいくらか慰めにはなっているが、J1 で好成績を残してACL出場権が目前のところまで来ていたシーズンからまだ10年も経っていない。そこから見たら現状はまだまだ満足できるようなものではない。成績の向上はサポーター達が渇望してきたところである。

「成績の向上が朗報であるなら、何が問題なのか?誰が買収しようと応援しているクラブが勝ってくれれば素晴しいじゃないか?」

それはその通りだ。だが問題は「応援しているクラブ」という点についての懸念にある。俺達サポーターは、強いからという理由で応援するクラブを変えたりしない。サポーターになるきっかけが当時強かったからという事は大いに有り得る話だが、かといって弱くなったから他のもっと強いチームに鞍替えしよう、という事にはなかなかならない。なる場合もあるし、そうなったって別に個々人の勝手だろうが、そんなケースがサポーターと呼ばれる集団の多数派を占めているとは到底思われない。強くなったことをきっかけにサポーターになったり遠退いてしまっていた脚がまたスタジアムに向いたりということはあるにせよ、単純にその時の強さに惹かれてほいほいクラブを乗り換えたりできないのがサポーターという生き物だ。そこにサポーターの業がある。俺達はクラブを応援するし、応援し続ける。じゃあその応援し続けているものは何なのか。今回の買収報道は畢竟そういう問いを大宮サポに投げ掛けてくるものだ。

確かにレッドブルのこれまで買収してきた各チームの競技成績は向上しているように見える。ただし、おそらくそれだけではない。単に競技成績が向上しただけなら、のどかで平和なおとぎ話の世界観だ。しかし「ビジネス」として参入する以上、そんな甘い話にとどまることはない。ビジネス目線で出資をしていく以上やむを得ないことだというのも理解するが、レッドブルはこれまで経営に参画した各クラブで、成績面以外にも大きな変化をもたらした。懸念の源はここにある。どのクラブも例外なくクラブカラーは買収以前のものを捨てて赤白になり、エンブレムも角を突き合わせる二頭の紅牛になった。チーム名にも「レッドブル」が入るか、企業名を入れることがリーグの規約で許されなければ「RB」という略称になる造語を造ってでも捩じ込んだ。

今回Jリーグに参入するレッドブルが、それに類する動きをしない保証はない。というか、むしろするだろう。世界的に成功しているクラブ運営メソッドの、ごく単純で表層的な一角に過ぎないが、お金をかけるからにはそのぶんの広告効果を見込もうというのは当然のことだ。各所のローカルな事情はいくらか考慮するだろうが、ブンデスリーガ同様に企業名をチーム名に入れることが今のところ許されていない Jリーグでは「レッドブル」を名前に入れてお終いという可能性がないだけに、むしろそれ以外の面に強く波及してくることは覚悟しておかなくてはならないだろう。しかし、隣にある浦和の赤い連中とずっとバチバチやり続けていた身には、赤白が受け入れ難いものがあるというのも事実だ。愛するアルディやミーヤが居なくなるかも知れないなんて考えることすら嫌だ。そのくらいなら昨年末に少し観測気球的な報道が上がっていたチーム名にスポンサー名を入れる方向性が解禁されて名前にレッドブルが入る方が個人的にはいくらかマシだ。

そんな未来予想図が見えてきている以上、俺達大宮サポは、なんでクラブを応援し続けているのか、という問いを突き付けられるわけである。J参入以来これまでの四半世紀、大宮アルディージャは大宮アルディージャだった。名前はそのままで、エンブレムも変わらず、マスコットもホームタウンもクラブカラーもそのままだった。年を経て、選手やスタッフは変わったし、その時々で戦っているカテゴリも戦術も違ったが、基本的には「大宮アルディージャ」であり続けていた。今回の買収はこの前提を揺るがす。クラブのアイデンティティとは何か。俺達サポーターは愛するクラブの継続性をどこに見出していたのか。そこに答えがなければ、強くなったらそれでヨシとはならないのだ。応援するクラブをその時々の強さや成績次第で乗り換えたりしないのと同等のロジックがそこになくてはいけない。

Jリーグの他チームを見渡した時、上記の各種条件が変わったチームは他に例がある。ホームタウンはヴェルディが川崎から東京に変えたし、クラブカラーはヴィッセルが楽天参入の時に白黒をクリムゾンレッドに変えた。マスコットもヴェルディ君が勇退してリヴェルンが産まれた事がある(ガンバボーイはまだモフレムと共存してるんだっけ?)。今年はたまたまエンブレム変更ブームみたいな事になって、FC東京にグランパス、ガンバ、ザスパ、ヴォルティスあたりが新たなエンブレムに変えてきたし、チーム名についてもパープルサンガがサンガになったり、コンサドーレやジェフみたいに地域名レベルで変えたところは多い。ただJ参入前後で商標権などの問題で愛称を変えたり定めたりしたチームはいくつかあるが、そういう時期を除いて Jリーグ内で10年も20年も使った呼称を根底から変えてきたクラブは記憶している限りでは無いと思う(どこか見落としていたらすみません)。今回はどのレベルで変わるのか。RBが挟まって、Fマリノスみたいになるくらいの変更で済むのか。それとも、牛になったらリスはお役御免になって、チームの愛称がそもそも変わってしまうのか。ここも経過を見守るしかないところだ。

「ビジネス」と「サッカー」の関係

いずれにしても、現状は大宮アルディージャで、クラブカラーはオレンジネイビーで、チーム名の由来もマスコットもリスで、アルディとミーヤが俺達の愛するクラブの象徴だった。紅い雄牛の一突きはどこまでこれらを揺らがすのか。レッドブルが全くここに手を入れないということはないだろう。テセウスの船のパラドックスを持ち出すような議論も目にしたが、それはこういう問題が世間にありふれているということは示していても、個別具体のケースとしてのこの問題への解決策を伝えてくれはしない。

来るのか来ないのかもわからない未来について考えながら、今のモヤモヤをなんとか吐き出していこうとすると、どうしても情緒的な、感傷的なところが漏れ出してくる。なぜなら俺がしたいのは「サッカー」の話だからだ。資本主義社会で「ビジネス」の一環としてサッカークラブが存在する以上、金を出せる奴が強い発言力を持っていて、より大きな金が回るように転がしていく方向性が経済合理性があるのは間違いない。サッカーが、今やビジネスだというのは、俺にだってわかる。それは既に決定的にそうなのだ。選手もスタッフもサラリーを貰ってプレイしていて、その原資はスポンサー様に出して頂いている大金だったり、俺らが払うチケ代やグッズ代、スタグル代その他の集積だ。現実問題その通りなのだから、それを切り離すことはできない。五輪のメダルの数でさえ、その国のGDPと強い相関を示す事実は広く知られている。スポーツを強くするのには、どうしたって金が要る。ガキじゃないんだからそんなことはわかっている。

でも、俺達は「サッカー」の試合を見たいのだ。金をかけた方が有利なことはわかっている。でも金で全てが決まるわけじゃないから俺達はスタジアムで、DAZNで、わざわざチケ代と時間を浪費して試合を見ている。金で全てが決まるなら数年前に俺達はJ1に戻れたタイミングがあっただろうし、今年J3を戦っていたりはしない。事前にピッチに積んだ札束の厚さで未来の全てが決まる訳じゃない。俺達が試合を見るのは、その厚みを覆せる可能性も覆される可能性もあるからなのだ。

どう語っても感傷的な問題だ。ずっとNACK5スタジアムのピッチにはオレンジと紺のユニフォームで戦ってくれる俺達の勇者が居た。俺達はアルディとミーヤと一緒にそれをサポートし続ける。「別にサポーターがなんなんだよ、単なるファンだろ。お前らが泣こうがわめこうが、プレーするのは選手達で無関係だ。チームが勝とうが負けようが、お前らの人生に何の影響もねぇだろ」なんて笑うリアリスト気取りどもはクソでも食らって腹壊せ。ピッチの上で必死に戦う選手達に、俺達は勝手にチンケなプライドの一端を託していて、勝てば心の底から喜んで跳ね回るし、負けたら時に泣く程悔しい。

スタジアムというのはそういう場所だ。脚で不自由にコントロールするボールがどう跳ね回るかなんていう本質的には無価値で大変に下らないことに対して何かの価値があるかのように仮託して、いい年をした大人達が本気で自分の気持ちを乗せて叫ぶ。そんな行為はそりゃ傍目には狂気と呼ぶしかないが、その狂気が一万五千人ぶん乗っかるとそこには祈りにも似たある種の荘厳さがある。嘘だと思ったら NACK5 スタジアムに確かめに来ればいい。それはもうとりも直さず宗教に近いものがある気はしているのだが、俺達が人間であるためには、そして日々の中で単なるちっぽけな人間として過ごしながら、ままならない事もあれもこれもと詰め込んで明日明後日と続いていく日常を送り続けていくためには、きっとそういう時間も必要なのだ。スタジアムに集まった皆の祈りが大宮アルディージャというクラブに接続されてゴールに、勝利に結実する瞬間、そんな時に俺らはなんだか無性に嬉しくなるし、皆で声を合わせて歌ったり跳ねまわったりして大興奮している。そんな時間が街の人の暮らしを少し彩ってくれる、クラブの価値ってそういうものなのだと思う。そんな「サッカー」が見たくて、それは逆に「ビジネス」とは没交渉であっても良いはずなのだ。本来は。子供の所属するサッカーチームが勝てるように、保護者達が寄付を募って助っ人を補強してきたりすることはない。それでも、週末の息子の試合がママさんパパさん達にとってとても大事なのと同じことなのの延長線上にクラブがある。あるということにしたかった。が、現実にはそこに「ビジネス」が下支えとして必要で、そこが複雑だから答えが出ないままで。こんなお気持ち表明を書く羽目になっている。

結論はまだ無いけど感謝はある

こんな気持ち悪い感情を、わざわざ言語化して垂れ流す必要はほんの10日前まではなかったのだが、冒頭の報道が出てしまったからには、そうも行かなくなった。ポエムを書いているのは、その報道に揺さぶられるものがあったからだ。結論は、まだない。サポは厄介な生き物だ。単に強くなったらそれでいいのか?というと、おそらくそういう人もいるだろうし、強くなったら新たにファンになるという層もいるだろうが、既存のファンが全てそれを諾うかというとおそらくそうじゃない。

俺達は来シーズンどうなっているのだろう。これまでのクラブの大枠は守られ、どこか妥協点は見出されるのだろうか。それとも、クラブカラーの変化を受け入れてアルディとミーヤに別れを告げ、新たに登場してきたバファローベルたそバリにぶちかわいい牛さんのマスコットに鼻の下を伸ばしながら、新たなクラブの上げてくる良好な成績に鼻息を荒くしているのだろうか。そうなったら今度は、8月革命説ばりにその時の立場を自分の気持ちについて考える文章を書かなきゃいけない。

現時点で一つだけ自分の中ではっきりしている事は、NTT様これまでありがとうございました、という感謝だ。フロントのここ数年の動きに満足しているとは口が避けても言えないが、そもそもが CSR 的な意味合いはあるにせよ、単体で見たら利益が上がっている状態ではなかったはずで、それでもスポンサードをし続けてくれたからこそ俺達は今までずっと大宮アルディージャがあるという幸せを享受し続けられていた。今や、ここには純粋な感謝しかない。

レッドブル様、どうぞこれから、お手やわらかに、末永くよろしくお願いします。継続してサポーターを続けるかどうかは今後の動きにかかっています。きっと強くなれば、今いるサポーターは全て居なくなってもお釣りが来るぐらいに人が集まる地理的条件は整っているクラブではあると思うのですが、せっかく四半世紀の歴史を持っているクラブを買ったのです。延長線上に共存してみませんか?きっと上手くやる道はあると思います。


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