ぼやき~私記(番外)

 ジブリには連載持たせてもらった恩義がありつつ、しかしあの給与明細はいずれ表にしたかったのも確かで……失敗したなと思ったのは、あの明細を出したぼくの真意が一切ぶっ飛んでしまう(というか、ツイート自体が説明不足だった)形で炎上してしまったことです。 でも削除するつもりは(いまも)全然なくて、あれでジブリに迷惑をかけたことに対する帳尻って何なのかな?って炎上以来考えてましたね。

 だから本当は、回想記をもっと早くからやりたくて。炎上してからは特にずっと。でも膨大な量になるし、コントロールできないし、書き方もトライ&エラーしててうまく出来なくて。

 でも先日、誤作動みたいな書き方をしてみたら、案外それがよい出来だったんですよね。で、いざそういう書き方をしてみて、あらためて「ああ、これって、決してきれい事としては、書けないんだなあ」って諦めるように思い知った面がありましたね。

 ジブリへの炎上した恩義がこれかよ、って話も当然あるんですが。 しかし実際、「このスタンス」が買われてジブリに雇われたわけですから、見込み違いはぼくの責任ではありません。掲示板の書き込みによればぼくは「ジブリ育ちのモンスター」だそうです。確かに。ジブリ生え抜きの鬼っ子ですね。

 そう。回想記。それはもう、ある分量……自分に課している最低100話?それ以上のボリュームになったとき、それが奇妙なものであれ、回想記として規格外なものになるんじゃないかなと。 その果てに、「ああ、石曽根ってジブリに対してこんな思いをかかえて生きていたんだな」と理解してくれることを期待するというか。そこまで知って、あの給与明細の件があったんだと分かるような。
 ぼくがこの回想でやりたいテーマはひと言、『ジブリの労働を書く』です。
 ぼくがジブリを辞めてまでした大学院への進学は、「ここ(ジブリ)で巡り会った、『こういった営み』っていったい何なの?」という謎を解き明かしたかったからで。でもあれから四半世紀。いろんな労働文献を読みましたが、これだ!というのはなかったですね。
 あと、近頃になって気づいたのは『それ』は「分析する」ものじゃない、ってことですね。それは「描出するものだ」と。 目指すべきは学者じゃなくて、小説家だったんですね。すごい回り道をした。
 もう何十年と係わっている古参のスタッフたちと比べたら、確かにエピソードトークなら比べものにならないくらい向こうの圧勝だと思います。 でも、同じウン十年、彼らがアニメの絵を描いたり・いじったりしていただろう同じ時間を、ぼくはずっと「あそこで体験したことをどう言葉にすればいいか」だけに照準を合わせて考え続け、読書していたのでした。
 だから乏しい現場体験であろうと、回想としてそこへの切り込み方に関しては負けない覚悟で書いていこうと思います。

まあ、でも慌てずに、一歩一歩(一回一回)積み上げていくようにします。
(Xより転載にあたって一部字句修正

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