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今、「SDGsを動物の視点から捉え直す」ことがなぜ必要なのか?(アニマルSDGsとはなにか①)

2024年5月15日より全国の書店で発売される書籍『どうぶつに聞いてみた アニマルSDGs』(ヌールエ/太郎次郎社エディタス)。本日よりスタートしたこの「アニマルSDGsのnote」では、著者の一人であるイアン筒井が、なぜ今、「アニマル」SDGsが必要なのか、そこにはどんな意義があるのかを大人の読者向けに解説していきます。

賛否両論あるSDGs、わたしたちはどう捉えたらいい?

 はじめまして。一般社団法人SDGsワークス代表のイアン筒井といいます。わたしたち一般社団法人SDGsワークスは、この2024年5月に書籍『どうぶつに聞いてみた アニマルSDGs』を太郎次郎社エディタスから出版、全国発売します。小学4年生から社会人までを対象に、これまでの地球環境問題へのアプローチに対して「発想の転換」を促すことが目的です。

 これからこのnoteでは、「アニマルSDGs」とはなにか、その視点がどのような過程を経て生まれたのかを、できるかぎりわかりやすく、みなさんにお伝えしていきたいと思います。

 はじめに自己紹介をします。わたしはもともと自動車メーカー・ホンダの研究所で、「人が死なない自動車」の研究をしてきました。その後、ヌールエ デザイン総合研究所を起業し、「人はどうしたらいいアイディアが閃くのか」をテーマに日々研究活動しています。1997年、京都で開催された地球温暖化防止京都会議(COP3)に関わったとき、「(いっそのこと)人間を一度やめてしまった方がいい案が出るのでは?」という思いつきがあり、「動物かんきょう会議」というプロジェクトをはじめました。この事業では、絵本シリーズやアニメーションシリーズをプロデュースしました。

『動物かんきょう会議』の絵本はVOL.1〜VOL.4まで刊行されています。

 アニメシリーズは2010年にNHK Eテレで全国で地上波放映され、その後、この絵本の世界観、アニメなどを教材にして、小・中学生から、大学・社会人を対象に数多くのワークショップを開催してきました。

 そんな長年の取り組みが評価されたのか、2017年には第11回キッズデザイン賞 優秀賞・消費者担当大臣賞を受賞しました。

2019年12月に山口県宇部市で開催された「動物かんきょう会議 in SDGs 未来都市UBE」の様子。(動物かんきょう会議公式サイトより)

 環境問題というと、最近は「SDGs」という言葉が多くの人に知られていると思います。改めて説明すると、SDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)とは国際連合総会で2015年採択された、持続可能な開発のための17の国際目標のことです。

 SDGsに関しては、目標の内容は知らずとも「何番と何番、というのがあるんだよね」ということは知っている人が多いと思います。しばしば企業などが「わたしたちの会社はSDGsの◯番に挑戦しています」と表明していたりもします。

 こうしたSDGsに対して、「国どうしの垣根を超えて環境問題に取り組む目標が定められたのはいいことだ」と思う人もいるでしょうし、一方で「おじさんビジネスマンたちがSDGsバッジなるものをつけて環境意識の高さをアピールしているのは欺瞞だ」と否定的に見ている人もいるでしょう。それだけでなく、「いや、そもそも、今の暮らしの便利さを手放すのは現実的ではないよね」、「日々の生活に一杯一杯で環境問題にまで目を向けられないよ」……などなど、それぞれの人に、さまざまな思いがあるだろうと想像します。

 そんな色々な思いが渦巻くSDGsに対して、わたしたちが「アニマルSDGs」で伝えたいことは、今の大人たちが考えているSDGsへのアプローチは、はたして本当に「いい案」なのだろうか? ということです。

 別の言い方をすると、今進んでいる案は、今の大人たちだけがいい思いして、若い世代や未来の世代には、その尻拭いをさせるような身勝手な案ばかりかもしれません。ですから、未来を生きる当事者たちが、一度高い視点に立って「未来のことを本気で考えてみる」ことがとても大切だということを伝えたいのです。

「動物かんきょう会議」では大人向けのワークショップも開催しています。スクリーンの前で話しているのがわたしです。(動物かんきょう会議公式サイトより)

「寝た子を起こす」プロジェクトにしたい!

 わたしたちが2014年からはじめた『せかい!動物かんきょう会議』というワークショップは、人間ではなく動物の視点から身近な環境問題をテーマに対話しながら考えてみようというものです。現在では日本だけでなく世界の子どもや若者たちも加わり、これまでにのべ1万人以上が参加しています。

 『動物かんきょう会議』というかわいらしい名前から、「ボランティア精神に溢れた〝いい人〟たちが、環境問題への取り組みを呼びかけて、優等生のような子どもを育てる取り組みなのかな?」とか、「自分たちはいいことをしていると思いたい人たちの、自己満足のプロジェクトなんじゃないか?」とか、そういうふうにイメージされる方も少なくないと思います。

 ところが、『動物かんきょう会議』を通して参加者が気づいていくことは、実はもっと本質的なことなのです。具体的にはどういうことかというと……。

 たとえば、東京の小学校で実施したワークショップでは、次のようなことがありました。

 まず、子どもたちには、絵本『動物かんきょう会議』の動物キャラクターを見本に、それぞれが思い思いの動物キャラクターをつくってもらいます。そして、動物になりきって、動物の立場から人間社会に対して思うことを言ってもらいます。すると子どもたちはしだいに、次々と人間に対して文句を言いはじめるのです。そして挙げ句の果てに、「みんなで人間と戦う!」と宣言する子も出てきたりします。

 そうして盛り上がってるところで担任の先生が、「はい、今から君たちは人間に戻ったよ!」と言うと、先ほどまで「頭に来た!」「戦う!」と息巻いていた子どもたちが、急に静まってしまいました。「そうだ、わたしが人間だ……」「動物たちから、いろんなこと言われちゃったね……」と、しょんぼりしているのです。

 そこで、「じゃあ、君たちはどうする?」と聞いてみると、次々と手が挙がります。「さっき動物たちが人間たちに言ったことを守ります」「わたしたちも動物だ」などと言う子も出てきます。

 動物として感じた怒りが、実は自分たち人間に向けられていたことを感じ、自分の中の人間と動物との対話が始まるのです。彼ら彼女らの心と頭はやわらかく、「動物に近い」からこそ、動物に共感しながら、さまざまなアイディアを生み出すことができるのでしょう。

 これはこのnoteの後の回で詳しく触れますが、日本社会の「クイズ文化」も環境問題でもあるように思います。クイズ文化では答えがわかる人が優秀とされますが、社会では答えのわからないことの方がはるかに多く、しかも単なる知識だけでは解決できないのです。だから、「頭のいい大人たちにまかせておけばいいんだよ。子どもは寝ていなさい」ではなく、「大人だってうまくいっていないのでは? もう、大人だけにまかせちゃいられない!」と自ら気づき、起き上がって、いっしょに考え始めていく。動物かんきょう会議とは、そんな「寝た子を起こす」プロジェクトにしたいのです。

NHKで放映された『動物かんきょう会議』アニメシリーズのDVD。なお、わたしが『動物かんきょう会議』をプロデュースするまでの経緯は、書籍『新版プロデューサーシップのすすめ』(紫洲書院、2023年)のなかでまとめられています。ご興味を持たれた方は、ぜひそちらをご覧ください。

なぜ「アニマル」SDGsなのか――アイヌの死生観から

 この「動物かんきょう会議」の取り組みは、2018年から山口県宇部市をはじめとして多くの自治体に広がり、タイやモンゴル、インドネシアなどアジア各国の子どもたちと日本の子どもたちで対話したり、さらには宇部のときわ動物園、札幌の円山動物園など動物園とのコラボも始まりました。

(左)2023年1月28日に宇部・ときわ動物園で行われた「動物かんきょう会議 in ときわ動物園」、(右)10月1日に札幌・円山動物園で行われた「札幌!カムイかんきょう会議」の開催告知ポスター。

 そこからさらに発展したのが「アニマルSDGs」というプロジェクトです。

 なぜ「アニマル」SDGsなのか。現行のSDGsの17項目の目標それ自体は、必ずしも悪いものではありません。しかし、そのままでは必ずしも環境問題が解決に向かわない、あるいはさらに悪化させることになる可能性がある、とわたしたちは考えています。

 いったいどこに問題があるのか。結論からいえば、現行のSDGsに潜む「人間中心主義」を問題としたいのです。

 書籍『どうぶつに聞いてみた アニマルSDGs』では、冒頭に「1/3」ということを掲げています。

出典:『どうぶつに聞いてみた アニマルSDGs』

 ここで最初に言っている「1/3は 自分のために」の「自分」とは、わたしたち人間のことです。

 そしてもう1/3は動物(自然のために)。
 さらにもう1/3は未来のために。

 この「1/3」というビジョンは、アイヌの長老(エカシ)である浦川治造(うらかわ・はるぞう)さんと出会ったことをきっかけに生まれました。

 「動物かんきょう会議」のナビゲーターに、のら猫のクロッチというキャラクターがいます。クロッチのモットーは「家もなく 身寄りもないが 明日がある」。彼は野良猫、つまり「野に良く生きる猫」として、プライドを持って生きています。

のら猫クロッチ(のら猫クロッチ公式サイトより)

 わたしはエカシとの初対面のときに、のら猫クロッチのぬいぐるみを取り出してこんな自己紹介をしました。

「オイラたち野良猫は、昔は人間と仲良く暮らしてた。だけど今は野良猫が多すぎるってんで、捕まえられて殺処分だってよ。そうでなくても、去勢手術をしてまた野に返されるから、子どもはつくれない。そうなったら絶滅だ。だからオイラたちはもう人間と共生させてもらえねえんだ。このままではオイラは絶滅危惧種だよ」

 するとエカシは、喋っているわたしにではなく、のら猫クロッチに向かって、こんなことを語り始めました。

「お前、そんなことで悩んでいるのか。おれとお前は、境遇が似てるなぁ。おれたちアイヌは、みんな絶滅危惧種なんだ。かつておれたちアイヌ民族は、1/3は自分のために、1/3は動物のために、1/3は未来のために。そういう気持ちで生活してたから、自然と共生できていたんだ。おい、クロッチ。おれたちは動物だから、動物を食べるのはしょうがない。でも、命を管理しちゃいけないよなぁ」

浦川治造エカシ。アイヌの衣装を身にまとったクロッチも一緒に。

 このときにわたしは、アイヌの世界観では、人間以外の生きものはカムイと呼ばれ、カムイ(動物)たちは「1/2」の世界に生きている、ということを知りました。

 アイヌにはこんな神話があります。クマの神が、神の魚とされるシャケの半分を食べ、もう半分を大地の栄養として自然に捧げます。動物たちは自分たちの取り分を半分にとどめて、残りの半分を他の存在のために捧げて生きている、それが持続可能な自然の仕組みをつくる智慧でもある、というわけです。

 今を生きている動物たちは「1/2」で世界と折り合いをつけている。だとするなら、未来を変える力を与えられた人間たちが「1/3」で世界と折り合いをつけて生きるというのは、とても理にかなっていると思うのです。

 実は、こうした「自然と共生するための智慧」はアイヌだけのものではなく、世界中にいる先住民たちが持っているものなのです。この「1/3」というビジョンは、未来をデザインしていくうえでの重要なヒントになり得ます。

 そんなわけで次回は、先にもお話しした「人間中心主義」の限界について、それを超える発想の必要性について、わたしなりの経験も踏まえて考えてみたいと思います。

(第2回「『イーロン・マスクをめざそう!』で本当にいいの?自己と他者の関係性に気づくということ」につづく)

【全国の書店、Amazonで5月15日発売!(電子版も同時発売)】

益田文和、イアン筒井『どうぶつに聞いてみた アニマルSDGs
太郎次郎社エディタス、2,800円(税抜)

今こそ、発想を転換しよう!
アニマルSDGsは人間SDGsへの逆提案


人間中心の発想はもう限界。
地球上の哺乳類は重量比で人間34%、家畜62%、野生動物4%という研究報告がある。人間と家畜をあわせると94%!

一方で、世界は気候変動、紛争や戦争など悪化の一途をたどり明るい未来は描きにくい。ほとんどの人間は「人類が技術革新と経済成長の結果、自らを滅ぼしている現実」を嘆くばかりで改善の糸口は見えない状況……。

もう、人間(おとな)だけにまかせちゃいられない!
と、動物たちが子どもからすべての人間たちへ語りかける。

【推薦コメント】
前京都大学総長、総合地球環境学研究所 所長、人類学者・霊長類学者
山極壽一氏

「地球環境が大きく揺れ動いて、人間に大きな脅威となった今、やっと私たちは気づいた。もうずっと前から追い詰められてきた動物たちがいること。彼らの声を聞くことが人間にとっても豊かな未来を創ることにつながる。SDGsに不足している18番目の目標を今こそ入れよう。地球の生命圏を構成するさまざまな動物たちの身になって、SDGsの17の目標を眺めてみると、これまでとは違った景色が見えてくる。自由とは何か、食べ物はどこにあるのか、格差や差別はなぜ生まれたのか、健康であるためには、資源を持続的に使うには、働くことの意味は、そしてすべてのいのちが調和して生きるための方策を動物たちといっしょに考えよう。この本には未来を創る子どもたちへ向けて、動物たちからの機知に富んだメッセージと知恵が満ちあふれている」

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