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「イーロン・マスクをめざそう!」で本当にいいの?自己と他者の関係性に気づくということ(アニマルSDGsとはなにか②)

前回(今、「SDGsを動物の視点から捉え直す」ことがなぜ必要なのか?)に引き続き、2024年5月15日より全国の書店で発売する書籍『どうぶつに聞いてみた アニマルSDGs』(ヌールエ/太郎次郎社エディタス)について、著者のイアン筒井が解説します。今回のテーマは、「日本の子どもたちの自己肯定感が高くなれば、それでいいのか?」です。


日本の子どもたちの自己肯定感の低さはもったいない。だけど……

 前回は、わたし=イアン筒井が「動物かんきょう会議」「アニマルSDGs」というプロジェクトへと進んでいった理由について述べてきました。

 「動物かんきょう会議」では、日本にとどまらずインド、モンゴル、タイ、インドネシア、ミャンマーなど世界の子どもたちと動物になりきって環境問題について対話するワークショップをおこなっています。

こちらはインドネシアとミャンマーの子どもたちを招いた「せかい!動物かんきょう会議 in 伊豆ユネスコ自然学校」での様子です。(動物かんきょう会議公式サイトより)

 インドやインドネシアの子どもたちを対象に『動物かんきょう会議』のワークショップを実施したときは、「みんなで動物の絵を描こう!」と言うと、子どもたちは画用紙いっぱいに絵を描いてくれました。「動物キャラクターになりきって!」と言うと、ワーッとはしゃぎながら喜んで、目と目を合わせて対話します。海外の子どもたちは、実に活発な動きを見せてくれます。

 その一方、日本の子どもたちは自分の発表をするときも自信がなさそうに、小さな声で話す子が本当に多いのです。自己主張するといじめられるかもしれないという怖れからなのか、みな気配を消していて、先生の声だけが響き渡っているという教室もありました。また、先生が子どもたちを答えに誘導している。生徒たちもそれを意識して、おとなしく誘導されているという教室もありました。

国際交流ワークショップに参加した少女。(公益財団法人オイスカとの共同事業)

 よく言われることですが、日本の子どもたちは自己肯定感(self esteem)が海外の子どもたちに比べて著しく低いとされています。その影響で、大人になっても未来をデザインするための創造性が発揮できない、だから日本ではイノベーションが起きづらい……このことがわが国の社会課題だと、以前のわたしは考えていました。そのため、動物かんきょう会議プログラムでは次の2つを目標に掲げていました。

(1)クリエイティブな能力を高めること
(2)自己肯定感を高めること

 この2つが重要であることは多くの人が同意してくれるはずです。しかしプロジェクトを進める中でわたしは、より重要な要素の存在に気づき始めたのです。

イーロン・マスクは「人間中心主義のスター」

 本題に入る前に、少し余談を。わたしの本名は筒井一郎なのですが、「イアン筒井」と名乗っています。なぜ「イアン」というかというと、外国にルーツがあるからミドルネームがある……というわけではありません。わたしはこれまで「どうすればいい案が出るか」が一番大事だと考えてきました。自分や周囲の人がそのことを忘れないようにするために、「いい案=イアン」と名乗っているのです。ここで言う「いい案」とは言い換えれば、「イノベーション」ということです。

 イノベーションというと、10年前ぐらいまではアップルでiMacやiPhoneを開発したスティーブ・ジョブズがイメージされてきました。しかし2011年にジョブズが亡くなったあと、2010年代後半からは「イノベーション」といえばイーロン・マスクがイメージされるようになったと思います。

ウォルター・アイザックソン (著), 井口 耕二 (翻訳) 『イーロン・マスク 上 』文藝春秋、2023年。

 イーロン・マスクはご存じ、電気自動車メーカー・テスラや宇宙開発企業スペースXのCEOを務めている起業家です。近年はTwitter(新名称:X)を買収し、これまでにないさまざまな施策を実行していることでも話題となっています。マスクが語る「地球はどんどん住みにくくなっているから、火星へ行こう!」という夢は、多くの人を惹きつけています。

 彼はロサンゼルスで渋滞が社会問題になっているのを見て、「地下トンネルを掘って解決しよう!」と言って、本当にトンネルを掘ったりもします。その発想はたしかに、面白いといえば面白いかもしれません。公式伝記『イーロン・マスク(上・下)』を読むと、南アフリカで過ごした幼少期には苦労したようですが、少なくとも今のマスクは(1)クリエイティビティ(2)自己肯定感、の2つが究極まで高まった人と言っていいでしょう。

 しかし、多くの人が薄々感じていることだと思いますが、「イノベーションを起こせるようになるために、イーロン・マスクをめざそう!」という発想には、問題も大きいのです。

 ジョブズや、メタのマーク・ザッカーバーグや、マスクたちが開発してきたインターネット上のサイバースペースは一見無限のように見えますが、サイバースペースを動かすためには電力や半導体などの資源が必要です。現在話題となっている生成AIも、動かすために多くの電力が必要になりますし、そもそも生成AIを動かすには大量の半導体が必要で、その製造過程ではCO2が大量に排出されます。

 マスクが語る「火星へ行こう!」という夢も、一見ワクワクするようなものに思えますが、問題の根本である地球環境が放置されたまま宇宙に行ったとしても、人間中心主義の弊害が地球の外に広がってしまうだけかもしれません。

 マスクはいわば、「人間中心主義のスター」です。どこまで行っても人間しか見ていないため、「地球がダメなら宇宙だ!」というふうに発想が進んでしまいます。彼は「俺、こんなすげえことやりたいんだ!」「絶対できる!」というふうに突っ走っていくのです。

 当然ながら、わたしたちは無限の世界を生きているわけではありません。自分のひらめいたことを実現するために、いくらでも外部環境を開発できるわけでもないのです。誰かが得すれば誰かが損するし、人間だけが繁栄すれば動物たちは絶滅してしまいます。

インダストリアルデザイナー・益田文和さんの言葉で道がひらけた

 『どうぶつに聞いてみた アニマルSDGs』では、わたし=筒井イアンとともにもう一人、インダストリアルデザイナーの益田文和さんが著者として執筆を担当してくれています。

 益田さんはエコデザイン、サステナブルデザインという分野を切り拓いた方です。環境省のグッドライフアワードの実行委員長、キッズデザイン賞の審査委員長など、多くのデザイン賞の審査委員をされています。

第11回キッズデザイン賞 オープニングトークの様子(動物かんきょう会議公式サイトより)

 わたしと益田さんの出会いは2017年、動物かんきょう会議プロジェクトが第11回キッズデザイン賞・優秀賞を受賞したときのことでした。

 実のところ、「動物になって考えるといい案がひらめく」というわたしの思いつきは、「なぜ動物になる必要があるんですか?」「人間会議でいいんじゃないですか?」という指摘を多く受けました。当時のわたしにも、「果たしてこれでいいのだろうか……?」という迷いがあったのです。

 そんなとき、審査委員長を務めていた益田さんからいただいたコメントは思いがけない気づきをもたらしてくれました。

 「動物かんきょう会議は、自分が動物の立場になって考えるというすごく深みがあるのですが、自分たちが何かを買って使う、それは動物たちの生態や暮らしにどのような影響があるのか、命にはどう影響するのかを見ていくと、その想像力がとても広がっていくのですね。

 そうなると大人が勝手に「安いから買ってきたよ」ということに対して、子どもたちが「ちょっと待ってよお母さん」という批判力がついてくるわけですね。そうしないと、「我々にとっての幸せは、誰かの不幸の代償」という関係が死ぬまで見れない人間になってしまいます。そうなってしまうと、いくら我々が「手厚く子どもの安全を」と言ったところで、おそらく世界には受け入れてもらえないですね。我々だけが幸せになれば良い、我々だけがお金が儲かれば良いというものでは絶対にありません。

 世界中の中でも一番お金持ちの一番重宝されている子どもたちをさらに大切にしますと言ったところで、明日のご飯をどうやって食べさせるか悩んでいるお母さんが世界中にいっぱいいるわけですから、そういう人たちの共感など受けられるわけがありません。そこはこれからの日本は特に注意深く考えていく必要があります」

 この益田さんのコメントで、わたしは道が開けたように思いました。そう、この「動物かんきょう会議」の大きなコンセプトは、「我々にとっての幸せは、誰かの不幸の代償」という関係性への気づきを促すことにあったことを、このとき明確に理解できたのです。

 その後、わたしは「益田さん本人とコラボレーションしたい!」と考えアプローチし、やがて共同作業をはじめるに至りました。その結果、ジュニア世代を対象とし、非日常体験をとおして気づきを得ることが特徴の「動物かんきょう会議」プログラムの先、主に高校生以上の若者たちが未来をデザインしていくための指南書としての「アニマルSDGs」、というコンセプトにたどりついたのです。

大切なのは「自己と他者との関係性への気づきを生むこと」

 わたしたちは6年前から、「SDGs未来都市」の実現を掲げる山口県・宇部市で、「動物かんきょう会議」を主軸にした人材育成プロジェクトを開催しています。このプロジェクトの目的は、「未来をデザインする」次世代人材を育成すること。そこで、(1)(2)だけではなく、次の(3)を目的として追加しました。

(3)自分と他者との関係性への気づきを生むこと

 (1)(2)だけでは、第二、第三のマスクを育てるだけになってしまいます。自分の生活の代償に、誰かが犠牲になっていないか、ある国の豊かさの代償でどこかの国が貧しくなっていないか、自分の目の前の問題解決を超えて、全体を広く見回したときにどのような結果をもたらしているか、という高い視点を持てるようにしよう、ということです。

 たとえば、食品ロス(フードロス)の問題などはわかりやすいはずです。

画像はイメージです(Sabrina RipkeによるPixabayからの画像)

 食料自給率が低い日本では、国内で消費される食品の60%あまりを輸入に頼っています。これは、他の誰かが食べることができた食べ物を奪ってしまっていることを意味しています。

 また、東京都民が1年間に必要とする食料に匹敵する612万トンの食料が、日本国内で毎年捨てられています。つまり、誰かが食べられた食べ物を奪っているうえに、食料全体の3割を捨ててしまっているのです。

 そういう「自己と他者の関係性」に気づくために一番わかりやすいのは、「人間と動物の関係性」を考えてみることです。

 現在の地球上のすべての哺乳類のうち、人間は36%、家畜は60%、野生動物はわずか4~5%だと言われています。つまり96%が人間に関係する生き物だ、ということです。さらに海の中では、2050年にはプラスチックの重量が魚の重量を超えるという試算もあります。ここには、人間だけが繁栄して、それ以外の生きものは絶滅へと追いやられているという関係性が明らかに存在しています。

 こうした関係性に気づかないまま「クリエイティビティ」と「自己肯定感」だけを高めていっても、逆に問題の解決から遠ざかってしまいます。地球の有限性に気づきながら考えられるようになることこそが、本当の意味で「サスティナブルな未来をデザインする」ことにつながっていくのです。そのためにこそ「動物の視点から環境問題を考える」アニマルSDGsの視点が必要だ――わたしはそう、考えています。

 今回はここまでです。次回はより具体的に、「動物の視点から考える」ということの意義について、みなさんにご紹介していきたいと思います。


(第3回「OSO18は本当に凶悪犯?人間中心主義から「動物の視点」へ」につづく)

【全国の書店、Amazonで好評発売中!(電子版同時発売)】

どうぶつに聞いてみた アニマルSDGs 』著:益田文和、イアン筒井
発売元:太郎次郎社エディタス 2,800円(税抜)

今こそ、発想を転換しよう!
アニマルSDGsは人間SDGsへの逆提案

人間中心の発想はもう限界。地球上の哺乳類は重量比で人間34%、家畜62%、野生動物4%という研究報告がある。人間と家畜をあわせると94%!

一方で、世界は気候変動、紛争や戦争など悪化の一途をたどり明るい未来は描きにくい。ほとんどの人間は「人類が技術革新と経済成長の結果、自らを滅ぼしている現実」を嘆くばかりで改善の糸口は見えない状況……。

もう、人間(おとな)だけにまかせちゃいられない!と、動物たちが子どもからすべての人間たちへ語りかける。

【推薦コメント】
前京都大学総長、総合地球環境学研究所 所長、人類学者・霊長類学者 山極壽一氏

「地球環境が大きく揺れ動いて、人間に大きな脅威となった今、やっと私たちは気づいた。もうずっと前から追い詰められてきた動物たちがいること。彼らの声を聞くことが人間にとっても豊かな未来を創ることにつながる。SDGsに不足している18番目の目標を今こそ入れよう。地球の生命圏を構成するさまざまな動物たちの身になって、SDGsの17の目標を眺めてみると、これまでとは違った景色が見えてくる。自由とは何か、食べ物はどこにあるのか、格差や差別はなぜ生まれたのか、健康であるためには、資源を持続的に使うには、働くことの意味は、そしてすべてのいのちが調和して生きるための方策を動物たちといっしょに考えよう。この本には未来を創る子どもたちへ向けて、動物たちからの機知に富んだメッセージと知恵が満ちあふれている」

(本記事のアイキャッチ:UnsplashSpaceXが撮影した写真)

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