印欧語族イタリック語派における完了相とアオリスト(完結相)の合流について
印欧祖語の動詞組織
伝統的に印欧祖語の動詞には次のような時制+相の変化形があったと推定されることが多い。
(未来時制は少なくとも明確には確立していなかったという解釈が一般的で、祖語末期には二次的に普及しつつあったという説もあるがここでは立項しない。過去完了を立てる説も一般的ではないため除外する)。
(アオリストは本来、出来事全体を総括的・瞬間的なものとして捉えて表すための概念で「完結相」などの訳があるが、印欧語の直説法などでは特に過去との親和性が高いことにより「完結過去」や「単純過去」と訳されることが比較的多い。理論的には動作の結果的状態などを表す完了相とも区別されるが、子孫言語では合流しているケースも珍しくない)。
今ではこうした時制/相の組織も最初から確立されていたものではなく、徐々に作られていったものという解釈が有力になってきており、その形成史にも活発な考察が加えられている。
(動詞の意味による影響、現在やアオリストに様々な作り方がある理由、未完了過去とアオリストの関係などが特に注目される)。
ただ詳細(個々の形や用法の区別の確立度、時代差、地域差など)はさておき、祖語の一定の時期以降、多くの動詞にこうした活用体系が生じていたことは基本的に認めてよいと思われる。
この体系が特に拡大した古代ギリシャ語のπαιδεύω「教育する」から例を示すと次のような形になる(過去完了、未来、未来完了は除外)。
完全に一致するわけではないが英語の過去形はアオリスト、過去進行形は未完了過去に近いといわれる。
日本語の「~した」は完了起源だが過去との兼任で、アオリストに近いことも多いといえるだろう。
ギリシャ語とラテン語との違いとしてはアオリストと完了の形式・機能の区別の有無が挙げられる。
一般にラテン語を含むイタリック語派では祖語の完了とアオリストが合流して「完了」というひとつの形式になったと考えられているのである。
(ただし名前は完了だが意味的にはアオリスト的なことのほうが多い)。
こうした合流は古典ラテン語よりもずっと前の時代に行われたことであるため、ラテン語の中でその痕跡を探すのは必ずしも容易ではない。
しかし中にはそうした合流の軌跡を残す要素も確実に存在するのである。
今日はそんな例について紹介していきたい。
ラテン語の歴史に限らず時制や相に興味を持っている読者にとっても新たな発見があることだろう。
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