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番外編, また、うっかり、素敵な恋愛をしてしまった話。

一言目は「どこいこうか」といつもと変わらないデートの始まり文句だった。
違うのは、独特の緊張感と寂しさの入り混じった雰囲気くらいで、話す言葉さえいつもと変わらないくだらないことばかりだった。

気を抜けばいつものように腕をつかんでしまうかもしれないし、ふらっと明るい内からホテルにでも押し込んでしまうかもしれない無意識の衝動を抑えながら、ああ、最後だ。という感覚はいっときも頭を離れなかった。

「別れることに反対ではないよ。」と話し出した彼の言葉のひとつひとつが優しかった。その瞬間から私の涙腺は自立心というものを失ったかのようにめちゃくちゃになったように思う。

彼のどこが好きかを何度も考えた。すごくズボラで罰当たりなことを言うと、私のことを好きでいてくれるところが好きだった。4月に大学を卒業して、本格的に恋愛をするとなると嘘をついたほうが円満になるであろうことは嘘をつくつもりだった私にとって、私のほとんどを知っていた彼との始まりは、信じられないほどテキトーだったし、今思えば、もう少しロマンチックに返事ができたならと思うこともある。

それでも、「後悔させません」と言ってくれたストレートな言葉を受け入れるのに時間はたかだかあの街を1周する程度で十分足りた。

バスの出発時刻までは2時間。
はじめは笑い混じりだった会話が涙混じりの会話になるにつれて、もう二度と会わないでおこうねと約束した現実感が押し寄せた。

いままで、どれだけ好きな男性でも、タイプな男性でも、
一度真剣に付き合った男性と終わる時は今生の別れだと決めている。
会って、ろくなことなんてなかったから、そう決めている。

だからこそ、何度経験しても、嗚咽するほど辛い。

こそこそと撮った写真を消すのが大変や。と言った彼は知らないだろうが、私だってカメラロールを整理するのは大変だった。多分、私はフライデーのカメラマンも卒なくこなせるだろう。と変な自信さえ湧くくらい。

そんなただの天邪鬼な私を予測不可能な女のように思っていた彼とは反対に
私は彼のほとんどのことを予測できた。

例えば、少しずつ夕闇にのまれていく景色を眺める私の背中に、愛おしさと寂しさの混ざった優しい視線を向けてくれていたのもお見通しだった。それが辛くて振り向けなかったから勘のいい女はいやだ。腹黒くって、あまりにも狡い。

迫る時間の中で、真剣な話もふざけた話も反省も楽しかったことも色々喋った。
こんなふうに、はじめから慎重にコミュニケーションをとれたなら上手くいったのだろうかと仕方の無いことを思いながら、2人の最後の時間を過ごした。決して長くはない付き合いだったけど、濃密な日々だった。そう思う。

「帰ろうか」絞り出した言葉、離れた手、動き出した足がなんとも切なくてたまらなかった。
このエスカレーターを降りたら、そのまま、あっさりと終ろう。
そう決めれば本当にあっさりと終わる潔さが彼らしい。
「じゃあ、、ありがとう。」
いつか海沿いを走りながら聞いたスピッツくらい、爽やかな終わりだった。



私の何かの一番になりたいという願望に意地悪をし続けたけど、
間違いなく、私を1番に理解してくれた人だった。正確には理解しようとしてくれた人だった。そこに甘えすぎた結果がこの日だった。
素敵な男性になるんだろうなあ、とお姉さん気取りで思うのが精一杯。
寂しくてならなかった。

これでいいのだ。とバカを呟きながら
18:55、バスに乗車した。


手切れとしてハンカチを貰っておくんだった。
ムンクみたいな顔をしてその夜はひとしきり泣いた。


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