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七,教育実習で私が大人になった話

大学の教職課程の一番の思い出はやっぱりどんな人も教育実習なんじゃないかと思う。はじめて教壇に立ったドキドキとか、はじめて○○先生と呼ばれてタジタジしちゃう感じとか、多くの人は教育実習を機に教職につくと決心するか、向いていなかったと違う道を選択するかに分かれる。

私は教職の道を迷わず選択した。

教育実習はたまらなく楽しかった。生徒は可愛い、給食は猛烈にうまい、部活は楽しい、毎日スキップで学校に向かった。でもそれは結果としてそう言えるのであって、はじめはものすごく憂鬱だった。

教育実習というと、母校に行く人が多いが本来は自分で許可をとるので学校は選べると思っていた。希望は高校だったが私の免許の実習先は小学校か中学校と決まっていた。そこまではよかったが、一人暮らしの近くの中学校にすると大学に申請したところ、母校にお願いして断られてからその学校にお願いしてくださいと連絡が来た。私にとって母校は、地獄の場所だった。悲しさと情けなさに押しつぶされた日々だった。

私が15歳で家を出た理由は、今まで綺麗事を並べて適当に言っていたが本当は、中学校のアイツから離れたい一心だった。当時も変わらず全校生徒は100人程の小規模な中学校だった。生徒にとって学校という集団は世界と同じである。そこを居場所として形成できなかった生徒がどうなるのか私は知っている。その日はある日突然だった。仲の良かった数人グループのボスのような女の子に嫌われた。あの鋭い目が私をこっそりと睨み続けた。それは徐々に、静かにエスカレートした。部活のラリーを欠かさず毎日一緒にしていた大好きだったあの子までが、偶数の部員にもかかわらず態々私を孤立させた。今の私なら上等、一人で壁打ちでもなんでもしてやんよと叫べる。それでもその頃の私は泣きながら帰ることしかできなかった。あまりにも弱かった、脆かった、幼かった。その為に、捨ててしまえばいいあんな奴に私はしばらく執着した。

遠足を間近に控えた日。私は人が通らない三階のトイレにその子を呼び出した。気が済むまでぶん殴ってやれば良かったのに健気に私は夜中泣きながら書いた手紙を渡した。どうして無視をするのか教えて欲しいと書いたのを覚えている。彼女の発した言葉は耳を疑うほど憎たらしかった。

「無視なんかしてないけど」

そういって手紙を読むこともなく私の目の前のゴミ箱に捨てて教室に戻っていった。


あれから私はすぐに学校を休み、キャリアウーマンの母がはじめて早退してきた。昼間、ケーキを食べながら話した内容を聞いて母はブチ切れた。どちらかと言うと家庭よりも仕事を優先してきた母でも、私はしっかりとこの人の娘だったのだと思った瞬間だった。その晩に、その子とその母親が家にお菓子か何かを持って謝りにきた。その子の母親はその中学校に勤務する教員だった。今思えば、たまらない屈辱だっただろう。それでも、母は受け取らなかった。大人気ないかもしれないが、世間体よりも私の気持ちを優先してくれた母の愛に私は救われた。

その後、何事もなかったかのように私の名前を呼ぶのが初めは嬉しかったが、後々、考えれば考えるほど気色悪かった。あの目を忘れられなかった、あの言葉を忘れることはできなかった。中学3年生の冬の終わり、最終進路希望調査でこの場所を出たいと担任と母を驚愕させた。


実習は心から楽しかった。ある時、学校の戸締りをお願いされあのトイレを見た時にああ、私は大人になったんだと思った。目の前に泣いている自分がいた。これから私のする大胆な選択は正しかった、逃げるようにこの集落を出ていったことを何も恥じることはないと、きっと素敵な大人になるよと抱きしめてやりたかった。

トイレにこもって泣いた彼女はこれから高校にいって、大学にいって、山ほど素敵な人たちに出会うし、人生を変えてしまうような経験もする、自己啓発やたくさんの本を読みあさって「自分」というものを学んでいく、困ってしまうようなモテ期だってきちゃう、子どもに生きる楽しさを伝えたいなんて偉そうなことも言っちゃう、

なんならあの子の事情だって今なら想像できる。両親からのプレッシャーに余裕がなくなっていた故の行動だったかもしれないし、あの子のテストの点数は90点が当たり前、70点で怒られると頭を抱えていた。それに比べて私は50点で「やーんあんちゃん半分もとれてる〜〜」とパーティを始める家庭だった。馬鹿なのに褒められる私が羨ましかったのか、シンプルに性格がうざかったのか、あの子より可愛い私へのヤキモチだったのか(調子に乗るな)分からないけど、きっとあの子もあの子で精一杯だったんだろうと思う。

再会は同窓会と、教員採用試験の会場だった。きっと私が落ちた採用試験にも受かっただろう。もう憎みはしないし、覚えておく気もない、あの子がどうなろうがどうでも良い、でも、教員という仕事をしていくなら突き放すことなく、親身になってやってほしい。彼女もまた大人になっていることを願う。小さな世界で生きている彼らを追い討ちをかけるように傷つけようものなら今度こそぶん殴ってやろうと思う。


私はここまで強くなったのだと、大人になったのだと、成長を感じた教育実習だった。行って良かった。地獄だと思っていた場所にも時間はしっかりと流れていた。そこには私のことを先生と呼んでくれた可愛い生徒がいて、あたたかい給食が出て、何気ない日常が羨ましいほどキラキラ輝く天国のような場所だった。

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