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06. SOS

宿泊ワークショップ後の息子は、目を見張る変身ぶりだった。まさに “心が満たされた状態”。元気だけれど穏やかで、帰路の電車内では落ち着いて座れた。自律心が育ってたくましくなり、会話はバリエーション豊富になった。クリニックのプレイセラピーとは比べ物にならない、嬉しい変化。メンタルフレンドが息子の心に寄り添ってくれた結果に感激した。発達障害が環境次第で緩和されるということも実感できた。

大人組のワークで私が体験した、長谷川先生による心の癒しも貴重な体験だった。記憶ははっきりしないままだったが、ワークで自分の子ども時代に想いを馳せた。大人の私から子どもの私に、何か言葉をかけるように指示された。迷った末に、5歳の自分にそっと話しかけた。「“お母さん、遊んで” って言ってごらん…」…涙が溢れ、胸が締め付けられた。遊ぼう遊ぼうといつも離れない息子に比べ、私は母に「遊んで」と言ったことがあっただろうか? 母と遊んだ記憶が今はない…実際、遊んでもらったことがないのでは? …私はずっと孤独だったのかもしれない、後々そう気づくきっかけになったワークだった。

息子の素晴らしい変化は、残念ながら一月弱で消えた。何でもありの週1プレイセラピーが、息子の衝動性を増長させているようだった。宿泊ワーク直後に著しい変化のなかった私のせいもあったと思う。

家財を壊し、激しく暴れる息子の様に、私の心は毎日かき乱された。我慢を重ねても限界に達すると大声で怒鳴り、何時間も泣いた。これは牢獄だ、と思った。長谷川先生の本には「親が作り出した(親の押しつけでルールが決まる) “家庭という名の牢獄” に子どもは捕われている」というくだりがある。牢獄は私たち親が作ったのか? 私が牢獄のようだと感じるのは、私が狂っているのか?

息子の心を落ち着かせるために、新たな主治医と支援先を探し続けた。プレイセラピーに替わる療育的要素のある何か、親身になってくれて、薬を始めるべきかどうかも相談できる医師を。

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1)東京都発達障害者センター(TOSCA)相談[2019年2月]
2)東京セラピールーム(カウンセリング)開始[2019年2月]
3)LITALICO ジュニア発達支援教室 通所開始[2019年4月]
4)息子の就学前相談 開始[2019年6月]
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TOSCAでは私の希望を酌み、いくつかの機関を紹介された。自宅から2時間ほどの都立病院、居住区内のメンタルクリニックSとH、お勧めの療育教室としてKとLITALICOジュニア(児童発達支援教室)。電車でじっとしていられない息子が行くには、都立病院は現実的でない。残りの4カ所に問い合わせたが、どこも待機扱いか受け入れ不能とのことだった。発達相談センターにも再度連絡し、助けを求めたが、力になってもらえなかった。唯一の拠り所と期待していた冬の宿泊ワークショップも、中止になってしまった。

息子に助けが欲しい、なのにどこにも行き場がない。

行き詰まった気持ちに追い討ちをかけるように、1年前から入院していた祖母が亡くなった。葬儀に行く準備を始めたものの、母子でインフルエンザを発症。44年間私を可愛がってくれた祖母と、最後の別れはできなかった。私はインフルエンザだけでなく肺炎を併発し、身体の苦しい日々が一月続いた。まだ咳が残る中、更にとても大切な方の突然の訃報が届き、再び深い悲しみを味わうことになった。

同じ頃、幼児虐待死のニュースが続き、世間は虐待した親を非難する論調が強くなっていた。ニュースに触れる度、まるで自分が責め立てられている錯覚に陥った。我が子を虐待死にまで追いつめた親の心情が、恐ろしいほど分かったからだ。20年以上も理解できずにいた『愛を乞うひと』の母親・豊子の心情や行動も、全てが理解できるようになっていた。

しんどい、しんどい…この辛さを少しでも和らげたい、子どもの頃の記憶がもっと戻って、ワークショップのような心の癒しを得られたら、息子との関係も好転するのではないか…様々な期待をこめ、定期的なカウンセリングを始める決意をした。長谷川先生と話したい気持ちはぐっとこらえた。毎月4万円以上の出費は難しかったし、岐阜日帰りにしろ宿泊にしろ、定期的なカウンセリングを仕事と両立する気力まではなかった。発達障害とACに知見のあるカウンセラーを、知人に紹介してもらった。

カウンセリングを3回ほど受けた3月下旬頃、待機登録していたLITALICOジュニアに通えることになった。必要な通所受給者証など、初めて聞くものの手続きには手間取ったし、息子を説得するのも一苦労だった。まだ主治医探しも解決しないけれど、通所決定は暗闇に一筋の光が射したような気持ちだった。この頃から、産後全く思い出せなかった歌のメロディーや歌詞も、ふと浮かんでくることが増えてきた。

LITALICOジュニアはとても頼りになる存在になった。どんな小さなことも認めてくれる先生方の授業を息子は大好きになり、私にもその内容は理想的に思えた。毎回授業後は丁寧なフィードバックがあり、家庭での困りごとにも積極的に耳を傾けてくださる。とても助けられた。

5月頃ふと気づいたが、困りごとが2つ消えていた。息子が私に暴力を振るうことと、毎朝の登園前の行き渋りだ。最後に息子が私を殴り続けたのは2月だった。私が耐えられなくなり「やめないなら、殺せ!」と怒鳴ってしまった。その時を最後に、殴られていない。行き渋りの最後は3月上旬。登園前に30分「行きたくない」という息子の気持ちを聞き、園に着いてからも「バイバイしたくない」気持ちが治まるまで、だっこと行ってきますを3回以上、更に30分繰り返した。前者は息子を傷つけてしまった側面もあるが、後者は私が自分を大切にするために始めた、カウンセリングの効果が表れた結果だったのでは、と思う。


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