釣りを研究すること

私は大学院で釣りの研究をしています。

こういうと必ずとても変な顔をされます。大学に関係ない人から大学の先生までみんな同じ顔をします。

本当に釣りの研究をしてるんですが、なかなか一言では説明できないし理解してもらえません。

大学院で漁業の研究をしています。

これならどうでしょうか。おそらくなるほどと分かってもらえるのではないでしょうか。

ではなぜ変な顔をされてしまうのでしょうか。2つとも魚に関係することなのに釣りの研究と言うと、何を研究するの?と言われてしまう。

一つ目に、日本では魚を利用する方法については以前より広く議論が行われてきたけれども、人間と魚の関係性、特に「娯楽」もしくは「余暇」と言う観点からの議論があまり行われてこなかったということが挙げられると思います。
日本は海洋大国です。人々の生活に魚介類が密着してきたことは言わずと知れた事実でしょう。しかし、日本の釣り人口は1000万とも2000万とも言われる現代においては、娯楽という観点からはあまり研究がなされていません。おそらく、人と魚の距離があまりにも近すぎるために、「当たり前」の事象として捉えられてしまっているからかもしれません。

2つ目に、釣りという娯楽において、果たして魚を「動物」として扱っているかと言うことが挙げられます。
つまり、魚はそのほかの脊椎動物と同等とみなされているのでしょうか。例えば動物保護を例に考えてみます。ペット、つまり愛玩動物として親しまれている犬や猫をまもる活動というのは盛んに行われています。それらのほとんどは道徳的倫理的理由からでしょう。しかし、魚はどうでしょうか。たしかに絶滅危惧種などとして保護されることはありますが、道徳的倫理的理由からそのほかの愛玩動物同様保護がされているでしょうか。
つまり、人が魚を見るとき、ほかの脊椎動物と魚を無意識に区別しているのではないかという疑問が出てきます。

私はこの違いに人と魚の関係性の特徴を見つけることができるのではないかと考えています。

話は少し変わりますが、私は魚釣りが大好きです。そんな私からすると、やはり魚はそのほかの動物とは違うような気がするのです。だから釣りをして楽しむことができるような気がするのです。釣りはいくら娯楽とはいえ、生き物を扱う娯楽です。例えば、ドイツでは、釣りをするにも免許が必要となり、試験を受けなければなりません。これは世界的に見ても稀有な例ではありますが、もしかするとここに人と動物の関わりのヒントがあるような気がするのです。

私たちはあまりにも釣りが身近にあるせいで、釣りに対して、もしくは魚に対して興味関心が薄くなっていないか、そんな気がしてならないのです。

そんなわけで、釣りから、もしくは魚から人と動物の関係性をもう一度再考できたら、最高だなと思うのです。再考だけに最高ってね。ガハハハ。

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