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フランス人としてパリオリンピック開会式を分析してみた 🇫🇷

2024年パリ・オリンピックの開会式のスクショや画像を見て、「一体なにが起きてるのか」と思ったかもしれない。確かに他国の開会式を観ていると、なぜこの人が注目されているのか、なぜこの音楽が選ばれたのかを理解するのは難しい。フランス人として、この記事で説明したい。

残念ながら今回はフランスのメディアの動画は地域制限がかかっているため、記事には公開できないのでスクリーンショットしか載せられなくてすみません!


・開会式の始まり

フランスで最も人気のあるコメディアンのジャメル・ドゥブーズが偉大なサッカーチャンピオンであるジネディーヌ・ジダンに聖火を渡すことで始まる。

多くのフランス人にとっては常識だけど、ジャメルはジネディーヌに憧れている。それは、彼が出演している1998年から2002年まで放送されたTVシリーズ『H』にも表れていた。

『ル・モンド』紙によると、ジダンが走っているシーンはフランス系アメリカ人のデイミアン・チャゼル監督の映画『ラ・ラ・ランド』を参考にしている。

開会式が彼ら二人で始まることには大きな意味がある。ジャメルはモロッコ系フランス人、ジネディーヌはアルジェリア系フランス人だから、フランス人の多様性を称えるものなのだ。

フランス革命の歌が思い起こされる開会式のタイトル、ça ira (うまくいく)

芸術監督は、フランスの俳優でクラシック演劇やオペラの演出家でもあるトマ・ジョリ
始まるときは、オステルリッツ橋にウォーターカーテンが現れる。劇場のように、舞台の幕が上がってショーが始まるということを示している。

・Enchanté | 初めまして

Enchantéは「お会いできて嬉しい」という意味だが、「魅了する力を持つもの」という意味もあり、ショーの始まりには完璧な言葉遊びだ。

フランスで最も多才なアコーディオン奏者のフェリシアン・ブリュが2曲を演奏する。

レディー・ガガジジ・ジャンメール「Mon truc en plumes」(羽飾りのトリック)をフランス語で熱唱。パリのキャバレーを思い出すこのパフォーマンスはミュージックホールで大活躍したジャンメールそのもの。

「なぜレディー・ガガを?」とツイートした日本人をたくさん見た。フランスにもシメーヌ・バディのようなとても優れた歌手がいるから、正直に言うと多くのフランス人も同じ疑問があった。しかし、ガガはジャズとキャバレーの世界が大好きで、映画『A star is born』で「La vie en rose」をフランス語で歌っている。

彼女は自身のXにこう書いた:

ジジはコール・ポーターのミュージカル『エニシング・ゴーズ』にも出演したが、私にとって初めてのジャズリリースだった。フランス人アーティストではないが、フランス人やフランス音楽の歌唱にはいつも特別な繋がりを感じている。

セーヌ川の岸壁では、クロワッサン『レミーのおいしいレストラン』のレミーなど、フランスを代表する象徴的なマスコットのパレードが見られる。

クロワッサン、レミー
フランスのケーキ「ピエス・モンテ」

大きな頭のジャンヌ・ダルクたちが登場する。縮んだ体に巨大な頭部を誇張していることが特徴である「portrait-charge (ポルトレ・チャルジュ)」という名で知られている、フランスの伝統的なカリカチュアへのオマージュである。(出典

フランスのユービーアイソフト社のビデオゲーム『アサシン クリード ユニティ』に登場しているキャラクターを思い出させる聖火ランナーが登場。

番組MCのコメントによると、芸術監督は文学や映画に影響を与えたフランスの仮面付きキャラクター(鉄仮面、オペラ座の怪人...)のように、仮面をつけたヒーローが欲しかった。

ムーラン・ルージュのダンサーによるフレンチカンカン。

全員がピンクの服を着ているのは、エディット・ピアフ「ラ・ヴィ・アン・ローズ」を思い出させるためなのだろう。

・Synchronicité | 共時性

「トマ・ジョリはこのパートで芸術と工芸におけるフランスの専門知識を強調しようとしている」とMCが説明する。

ノートルダム大聖堂を再建する労働者たち。
フランスの革製品ブランド、ルイ・ヴィトンの工房へ

ランナーはメダルが作られているパリ造幣局に到着。これもフランスのクラフトマンシップへの敬意。

・Liberté | 自由

ミュージカル『レ・ミゼラブル』が「Liberté (自由)」を歌っている。これは明らかに、ルーヴル美術館に展示されているウジェーヌ・ドラクロワの有名な絵画を表現したものだ。

ミュージカル『レ・ミゼラブル』
ウジェーヌ・ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」

フランス最大のヘヴィ・メタル・バンドGojira (ゴジラ)が、1793年に革命裁判所が共和国の敵を投獄るために使用されたパリのコンシェルジュリーの屋根に登場。

フランス系スイス人のオペラ歌手マリーナ・ヴィオッティと共に「Ah! ça ira!」を演奏。

処刑される前に2ヵ月を過ごした独房で、貴族の絞首刑についての有名な歌を歌うマリー・アントワネット

血を表すリボンが見える。「国民の怒りが爆発している」とMCは言う。これはフランス国民が政府に対して感じている怒りを表現しているのかもしれない。

続いて、ジョルジュ・ビゼーのオペラ『カルメン』からの「L'amour est un oiseau rebelle」(ハバネラ)。愛の街、パリ。革命が終わって、喜びのときだ。

フランス国立図書館のシーンでは、愛がテーマであるフランス文学作品のタイトルが見られる。

『豪勢な恋人たち』モリエール
『戯れに恋はすまじ』アルフレッド・ド・ミュッセ

MCは、このシーンがLGBTの色に染まっていると指摘する。背景の本は、「愛は勝つ」というメッセージを伝えている。

『愛の勝利』 (ピエール・ド・マリヴォー)

フランソワ・トリュフォーが監督した、三角関係を描いたアンリ=ピエール・ロシェの『Jules et Jim (突然炎のごとく)』への映画的引用もある。

フランソワ・トリュフォーの映画
パリオリンピック開会式の映像

BGMで使用されている音楽は、フランスの電子音楽デュオCassiusの「I <3 U SO」。

フランス航空宇宙軍のアクロバットチーム(Patrouille de France)は空にハートを描く。

・Égalité | 平等

アヤ・ナカムラフランス共和国親衛隊のコラボが始まる。

アヤ・ナカムラはサブスクリプションで60億回以上聴かれている、海外で人気のフランス人アーティスト。彼女は人種差別、女性差別、階級差別の犠牲者でもある。この開会式に参加したことで、「フランスの代表にふさわしくない」など、さまざまな議論が巻き起こっている。

性別や肌の色だけでなく、社会的、職業的背景も異なる二つの世界を、労働者階級の文化を代表する黒人女性が繋げることは素晴らしい象徴である。

舞台は、パリとエリート文化の象徴であるフランスの国立学術団体Académie française(言語使用の確立を担う機関)と、その向かいにあるルーブル美術館の間。シャルル・アズナブール「For me Formidable」の一部をカバーすることで、アヤ・ナカムラは「歌詞が意味不明でフランス語らしくない」と批判した全ての人に回答したようだ。

« Je ferais mieux de choisir mon vocabulaire pour te plaire dans la langue de Molière. »

君が喜ぶような(私)の言葉を
選んで行く方がいいだろう
モリエールの国の言語で
翻訳 アミカル・ド・シャンソン

このパートの最後に、聖火ランナーはルーブル美術館に入る。Xで見つけたこのユーザーの分析は興味深いと思った。

・Fraternité | 友愛

ルーブル美術館の作品に出てくる顔が水面から浮かび上がる。

聖火ランナーは1911年の盗難事件のようにモナリザが盗まれたことに気付く。

アレクサンドル・カントロフモーリス・ラヴェル「水の戯れ」を演奏。彼は2019年、22歳でチャイコフスキー国際コンクールで優勝した。フランス人がこのタイトルを獲得したのは初めてだった。

聖火ランナーはオルセー美術館に向かい、視覚科学とフランスSFにオマージュを捧げる。

『ラ・ジュテ』クリス・マルケル
ジョルジュ・メリエスの映画『月世界旅行』の有名な月のショットや『星の王子さま』
フランスのキャラクターデザイナー、エリック・ギヨンが考えた、パリのゴブラン校で生まれたミニオンズ

・Sororité | 女性同士の連帯

次はフランスの海外県であるグアドループ出身のアクセル・サン・シレルによる国歌「La Marseillaise(ラ・マルセイエーズ)」。海外県は政府から忘れられがちだから、フランス共和国を象徴する女性像であるマリアンヌを黒人女性が体現していることは印象的だった。

国民議会前にフランスの歴史を作った女性たちを表現している「femmes en or (黄金の女性たち)」の像が出現する。

Olympe de Gouges オランプ・ド・グージュ
Simone Veil シモーヌ・ヴェイユ
Gisèle Halimi ジゼル・アリミ
Simone de Beauvoir シモーヌ・ド・ボーヴォワール
Louise Michel ルイーズ・ミシェル
Alice Milliat アリス・ミリア。
Paulette Nardal ポーレット・ナルダル
Jeanne Barret ジャンヌ・バレ
Christine de Pizan クリスティーヌ・ド・ピザン
Alice Guy アリス・ギイ

フランス語で「Une personne en or (黄金の人)」は「申し分のない人」という意味もあり、ダブルミーニングになっていると思う。
MCダフネ・ビュルキは、「パリは男性の像であふれている」からこのような像を作りたかったのだと説明する。確かにパリでは男性の銅像が260体あるのに対し、女性の銅像は40体しかない。現在、フランス国内で女性の銅像は10%にも満たない。「国歌が忘れられた女性たちをセーヌ川から連れ出す」と語った。

・Sportivité | スポーツマンシップ

そのパートの目的は、フランスの歴史と現代スポーツを結びつけることである。パリ・オリンピックでデビューしたブレイクダンスへのオマージュとして、ヤクブ・ヨゼフ・オルリンスキのパフォーマンスから始まる。

ジャン=フィリップ・ラモーのオペラ『優雅なインドの国々』より「来て、結婚の神よ」を演奏。

ラッパーでプロデューサーのRim'Kがパフォーマンスを披露。彼はフランス最大のラップグループのひとつ、113のメンバーだ。ラップはパリ郊外の労働者階級の重要な文化だから、この機会で表現されるのは素晴らしいことだ。

・Festivité | 祝賀会

『ドラッグレース・フランス』シーズン1の優勝者パロマとMCニッキー・ドールを含むドラァグクイーンたちが、キリストの最後の食事である「最後の晩餐」をオマージュするシーンに登場。

モード都市とも呼ばれているパリ。フランス系アルジェリア人の元モデル、ファリダ・ケルファやレユニオン島出身のトランスジェンダー・モデル、ラヤ・マルティニーが出演するファッションショーが開始。

モデルのイルジマ

クィア・コミュニティの象徴であり、フェミニストでもあるDJバーバラ・ブッチがプレイリストを担当し、フランス人なら誰もが知っているフランスのヒット曲を流す。
全曲を載せると長くなるので、気になる方はプレイリストをどうぞ!

ランウェイの最後に、代表曲「Louxor, j'adore」を歌うシンガーソングライターのフィリップ・カトリーヌが登場。

このシーンは多くの人々を困惑させている。番組MCによれば、彼はギリシア神話に登場する豊穣とブドウ酒と酩酊の神であるディオニュソスに扮装しているのだという。このことを考えると、他に登場している芸能人は古代ギリシャのキャラクターなのではないか、と思った。

ヘーリオス、セレーネー、エーオースとディオニュソス ?

彼の後ろにいる3人は、ギリシャ神話に登場するハイペリオンとテイアの3人の子供、ヘーリオス(太陽の神)セレーネー(月の女神)エーオース(暁の女神)を指しているかもしれない。

これは、キリスト教(フランスで最も多く信仰されている宗教)とギリシャ神話(ギリシャはオリンピックの発祥の国である)がコラボしたかのようなシーンではないだろうか。これは私の解釈に過ぎないけど!

7/27 22:20 追加) Magnin美術館に展示されている『神々の饗宴』のオマージュだとこのユーザーがコメントした!同じ意味で、キリスト教と古代ギリシャの伝統を再解釈する

また、後ろの人の後光の飾りは、キリストのではなくアポローンの物だと説明する。

・Obscurité | 暗闇

イエナ橋では、ダンサーたちが激しいダンスを披露した。MCによると、これは「気候変動による緊急事態と平和の必要性」を表現したものだという。続いて、近年大人気の歌手ジュリエット・アルマネが、ピアニスト、ソフィアン・パマールの伴奏でジョン・レノンの「イマジン」を披露した。

現在世界中で起こっている紛争を想起させるメッセージのように「Ensemble, unis pour la paix (共に平和のために団結する)」で締めくくられている。

・Solidarité | 団結

フランスの「ブラム工房」によってデザインされた馬に乗った騎手が登場し、セーヌ川を走る。ジャンヌ・ダルクへの明確なオマージュ。
意図的かどうかは分からないが、鉄の鎧を着た騎手はエッフェル塔のあだ名「鉄の女」を思い出させる。

近代オリンピックの革新者、ピエール・ド・クーベルタンの写真が載せられている。

騎手はオリンピックの旗をエッフェル塔の下に運ぶ。

オリンピック賛歌が響く。仏国立放送合唱団フランス国立管弦楽団によるパフォーマンス。

・Solennité | 儀式

スピーチの時間なので分析することは特にない。

・Éternité | 永遠

シャヒーム・サンチェスが、フランスのディスコ音楽の重鎮、Cerroneの「SUPERNATURE」を手話で披露する。

100年前に生まれたフランス最高齢のオリンピックチャンピオン、シャルル・コステの姿が見える。

オリンピック陸上競技3連覇のマリー=ジョゼ・ペレクとオリンピック柔道3連覇のテディ・リネールが最後の聖火ランナーである。彼らは、フランス人兄弟の発明を思い起こさせるMontgolfière (熱気球)に聖火を乗せた。

最後のビッグサプライズは、エディット・ピアフの「Hymne à l'amour (愛の賛歌)」を歌ったセリーヌ・ディオンだった。彼女は世界で最も売れているフランス語圏の歌手であり、今回が4年ぶりのパフォーマンスとなる。

最後に

この開会式は、政治的・社会的分裂を背景に行われた。数週間前、 極右「国民連合」がフランス政界で優勢になって議会選挙でほぼ勝利した。
今晩共有された平和、愛、多様性、寛容のメッセージは、この政党が抱く差別や偏見とは相反するものだ。
このイベントを企画したすべての人々が、極右に対して「あなたたちの望むフランスは現実とは違う。オリンピックの理想の名の下に、違いを乗り越えよう。」と伝えたような気がした。オリンピックに対する意見は人それぞれだが、トマ・ジョリのチームには信念があったと言える。


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