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あんクリ小説版/いろり庵のあすかさん-6.5

まただ、一番欲しいものは手に入らない・・・。

兄貴には叶わなかった。
そして、兄貴は卑怯にも勝ち逃げして
いきやがった。

◇◇

退屈だ、こんなことして何になる。

週に一度の商店街の寄り合いは名ばかりで
その実、単なる飲み会だ。
商店街の活性化案とか言いながら
「TVに出てくる商店街は大したことない」だの、
「今度出来るショッピングモールのやつらが
偵察に来てる」だの単なる愚痴とやっかみだけで
まともなことを話したことなんてほとんどない。

子供が減って、夏祭りだってどんどん小さくなる。
最近じゃあ、近くに出来たマンションの住人が
町内会に入らないから運営費も賄えなくなって
きている。
それなのに祭りには参加するから商店街の重鎮は
怒り心頭だ。
気持ちは分かるが、お客さんでもあるから
無下になんて出来ない。

あすかは、甲斐甲斐しくお酌をして回って
何十回と聞いた昔話をまた楽しそうに聞いている。

ため息をついて冷たくなった砂肝を
緩くなったビールで流し込む。

退屈だ、それでも俺はこの商店街を守りたい。

◇◇

帰り道、あすかとこうして並んで歩くのは
子供のころから変わってない。
3人が2人になっただけで。
秋の夜風が酔いをさますのにちょうど良い。
『写真撮りたいなあ』
思わず零れ落ちた言葉、良かった…
あすかには聞こえていなかったみたいだ。

「なーんか、今日のユウちゃん、
珍しく熱かったね。びっくりしちゃった」
歩道の白線をなぞりながら少し手前を歩く
あすかはそう言った。

ったく、また弟扱いの子供扱い、
いつまで経ってもあすかは俺の少し前を行く。
店なんか継ぐもんかと思ってた。
でも、兄貴は自由そのものだったし、
ふじえさんが亡くなって、一度は就職した
あすかがいろり庵を継ぐことになった。

商店街を守ることが、いろり庵を、あすかを
守ることになる、そう思ったし、そばにいられる、そう思った。
兄貴がいなくなって…いや、いなくなったことを、
俺は少しだけチャンスだと思ってしまったんだ。

一番欲しいものは手に入らない…いや、まだだ。
もう、弟扱いさせない、俺があすかを守る。
俺はそんな風に思ってしまった俺自身が嫌いだ。

弟のユウちゃんでもないし、
あすかはお姉ちゃんでもない。
兄貴はあすかを守ってやらずにいなくなったけど、
俺は一人の男として、あすかを守ってみせる。

まだだ、一番欲しいものは諦めたくない…。

そんな気も知らず、あすかが頭を撫でてくる。

「…お姉ちゃんねぇ」
無邪気に笑うあすかの手は変わらず
あすかの匂いがする。

<了>

◇◇

このお話のあすかさん目線はこちら

あんこちゃんとクリームくんシリーズ


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