幼なじみの死がLINEグループを作らせた話
幼なじみのしーちゃんが37歳で亡くなって3年が経った。
大腸ガンだった。
手術も、つらい治療も、あんなに頑張ったのに・・・
「肝臓にたくさん転移しちゃった、もう打つ手がないって・・・」と泣きながら掛けてきた電話が、彼女の声を聞いた最後だった。
何も、本当に何も、気の利いたことが言えなかった。ただ一緒に泣くことしかできなかった。
小学校時代からの仲が続いていた私を含めて4人の幼なじみたちは、別々の土地で暮らしていて気が向いたら手紙のやり取りをする程度の付き合いだった。
いまどき文通である。
文字の形に昔の面影があることが嬉しかったり、便箋を選ぶことから始めて時間をかけて構成を考えて書いたんだろうと想像することができる手紙は、LINEやメールとはまったく別のコミュニケーションツールだと思う。
ただ手紙は時間がかかる。どうしても気軽さに欠ける。
みんな忙しくなり、一年に1、2通のやり取りしかしなくなった。
でもそれがいいのだ。たまに熱のこもったやり取りをするのが昭和53年組だ!とダサイことを手紙に書き合った。
しかしそのうちの一人が亡くなったあの日、そんな悠長なことを言っている場合ではないのだと気がついた。
LINEグループが作られ、急に密に連絡を取るようになった。われわれにLINEは似合わないなどと意地を張っている場合じゃない。
あんな悲しみはもう二度と味わいたくないけど、連絡を取らない間に健康はおろか命さえどうなるかわからない。
何か変化があれば報告せよ。
それが友としての義務である。
もう心配かけたくないとか言っている歳じゃないのだから。
・・・ということになった。
その昭和53年組のLINEでは、健康の話が飛び交うようになった。
30代まではそれぞれの仕事のこととか、恋人のこととか、ハマっている趣味の話とかが多かった気がする。
でも40代になると、親は元気かとか、健診には行っているかとか、その健診で引っかかって再検査だとか、持病に恵まれただとか、だれそれが病気になったとか、そんな話でトークルームが埋まるようになった。
そういえば将来の話なんて、もはや誰も持ち出さない。
それぞれがそれどころじゃない事情を抱え始めたこともあるけど、全員しーちゃんのことが頭にあり、「友よ、なんとか細々とでも生きていてくれ。それだけで十分!」という気持ちが強くなったからだと思う。
最後に誰かがこう締めた。
「わりと40代だね」
・・・・本当にね。
先日夫は健診に引っかかって、二箇所の再検査を受けた。
大腸内視鏡検査と胃カメラ。
結果は軽い逆流性食道炎などは見つかるも、治療が必要な病変はなくほっとした。
でもなんだろう、健診に引っかかるようになったんだなぁと感慨深く思った。
やっぱり、わりと40代である。
みなさんも健診は受けて、細々とでも生きていていただきたい。
いろいろあるだろうが、とにかくみんな生きていてほしい。
目まぐるしく過ぎていく日々の合間にそんなことを想う、さわやかな秋晴れの午後である。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?