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タンポポという生き方

上皇后 美智子様の著書『橋をかける』の中で、幼少期に出会われた本がその後の人生に幾度となく影響を与えたといったような事をお話しされていた。

では私に影響を与えれくれた本って何かなと思いを巡らしたところ、すでに物心ついて久しいけれど、何度となく読み返しているある本が一番に浮かんできた。

『置かれた場所で咲きなさい』渡辺和子・著

私の中高時代の母校の姉妹校の元理事長にして宗教者であるシスター渡辺による、自伝的な要素もある著書。自己啓発本は数多あるけれど、こちらの本は、多感な学生時代を過ごした母校の教えに即しているだけあって、自分の心に素直に響いたのだ。

私の母校はカトリック系のアメリカ人宗教者によって、女子教育のために戦後間も無く広島の焼け野原に設立された学校で、今では全国でも有数の進学校である。
学校のモットーは『心を清くし 愛の人であれ』というものだった。
一見シンプルで美しいスローガンだが、ほぼ葬式仏教程度の純日本人の私には、なかなか内容を理解しがたいものだった(前半の『心を清くし』はまだしも、後半の『愛』というのがあまり実感わかない)。
それでも、良くも悪くも素直で影響されやすい若き日の私は、校章に描かれた大和撫子の花のように、可憐で強く清らかな女性になるべく、真面目(?)に勉強に精進し、時には仲間と慈善活動をする学生時代を送ったものだった。

その後、望み通り医学部に進学し晴れて医師になって数年した頃、ある日本屋で懐かしい母校と理事長のお名前(在校時も姉妹校のため講演等でお見かけしていた)を見かけて半ば無意識のまま著書を購入。そのまま貪るように読了した。
二二六事件の当事者のご遺族として壮絶な幼少期をお過ごしになり、修道会に入られた後に数々の運命のいたずらとも言える試練を乗り越えられたシスターの言葉は、どれも説得力に満ちていた。
同時に、我が母校の、時に厳しいながらも人間らしくて愛情にあふれていた教師のシスター方のお顔が次々に浮かんだ。放課後には仲間たちと修道院の地下室で紅茶とお菓子をいただきながら、個人的なお悩み相談や世間のニュースや映画の評論めいたことにシスターたちは付き合ってくださっていた。それぞれに苦労された半生を聞きながら、『ぶれない強い自分』を持った先に、他人や置かれた状況といった自分以外へも温かく接することができるのかな、と凡人ながら思った。こういう事が『愛』ということかと感じていた。
そして、卒業から数年の時を経てやっと私は気づいた。
私たちに繰り返し説いてくださった『心を清くし 愛の人であれ』という一文も、『置かれた場所で咲きなさい』という一文も、どのような状況に置かれても強く美しく輝けるようにという願いが込められている点では一緒なのだと。

地方都市で中高時代を過ごした後は、ほとんどの卒業生が日本各地、中には海外へと巣立っていった。私もやはり卒業後は他県で(自分史上最高に過酷な)浪人時代を経て、実家から離れて医学生時代を過ごし、ひょんな縁から関東圏に就職し現在も医師として働いている。

自分の中では医師になることは決めていたものの、まさか瀬戸内海の田舎娘が都心近くに流れ着くとは思っていなかった。

でもある時、職場の尊敬する恩師が「あなたってタンポポみたいよね。突然ピュっと風が吹いて『あ〜れ〜』って綿毛が飛ばされるけど、また落ちた場所でムクムク根を張るのよね」とたわいのない会話の中で仰っていた。
これを聞いて、まさに自分のこれまでの人生を言い得てる!と感激したものだ。

そう、思い返せば割と自分の意思とは裏腹に状況が激変することが多かった。けれど、内気な割に案外適応能力が高かったようで、行った先々でそれなりに楽しんできた。そして、そこで得たものは脈々と自分自身を形成してきたと思う。

4人の子供たちに恵まれた今、子どもたちには、若いうちに出来るだけ苦労をして、でも心は強くたくましく、それぞれの人生を全力で楽しんで欲しいと願っている。
まさしく、置かれた場所でどっしりと根を張るタンポポのように。


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