長門石直彦 "といし"
幸せの定義
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幸せの定義

長門石直彦 "といし"

人それぞれ幸せの定義はあって、幸せを大小で捉える人もいれば、イベントか日常かで捉える人もいれば、自分の中で完結するものか他人との共有するものかで捉える人もいれば、それら全てを複合的なものとして捉える人もいる。

ずーっと幸せを感じていられるのが一番良い気もするが、"安定なる幸せ"を追い求めた結果、刺激が全くない平坦な日常に飽きを覚えることもあるかと思うので、結局ずーっと幸せってのも無いのかと思う。もしくは、常に基本的にはハッピーなんだけど、その中でアップダウンがあるイメージか。

幸せは曖昧で、一過性でもなくて、かつ自分で定義できるものだから、「自分が自分を幸せだと思っていたらそれでいいんだ!」ってことになっていて、それはもちろんその通りで、むしろ声を大にして、自分の幸せをみんな追求していけばいいと僕も思っているのだけれど、逆に言えば、自分にとって何が本当に幸せなのかは、他人に認定されるものでもなく、わかるものでもなく、もしかしたら自分自身ですら気づかないうちに幸せだったり不幸だったりを感じている可能性もあると。

日常を忙しく過ごす中で、なんとなくやり過ごしてしまいがちだけど、今の自分にとって、これからの自分にとって何が幸せかには向き合っていかないと、軌道を変えることもできないなぁと、ふと今日は思ったのでした。みなさん、Happyでsmoothな1日を!



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