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すぐそこにある幸せ

曇天の寒い冬の日。ほっぺたや鼻のてっぺんの感覚が薄れ、手袋をした手の指先はかじかんでいる。この気温ならきっと降り出すのは雪だろう。そんな午後、小学校から自宅までの一本道を歩いて帰る。子供の足で二十分ほどの距離だ。

「今日はどんなおやつかなあ」

お母さんは家事全般が得意だ。家の飾り付けや料理に裁縫、歌を歌ったり絵を描いたり読み聞かせもうまい。そんなお母さんが焼くケーキはとても美味しい。

家の玄関を開けると、甘い香りが鼻の奥に飛び込んでくる。暖かくて適度に湿度がある空気に包まれて、あっという間にかじかんだ指先が溶けていく。湯気でダイニングは霧がかかったようになっている。オレンジ色の炎がゆらゆら燃えているストーブで心まで柔らかくなる。

お気に入りのストロベリー模様のお皿には焼きたてのケーキのスライス。その横には、ホットココアが入ったクマの絵柄がついたマグカップ。焼きたてのケーキの香りとホットココアの湯気で、私は幸せで体が宙に浮きそうに感じる。

母は自分のためにコーヒーを淹れている。大人になったら、私もコーヒーを飲んでみたい。コーヒーを飲んでいるときの母はとても幸せそうだった。だから、コーヒーの香りは優しい母のイメージと直結している。

「幸せってきっとこういうことを言うんだなあ」
と、子ども心に思ったものだ。

大人になった今、ケーキの代わりに思い出をお供に、一杯のコーヒーで私は豊かな気持ちになる。

たった一杯のコーヒーで人は幸せになれる。そう考えると、幸せって、案外簡単に手に入るものなのかも知れない。


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