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あーでもないこーでもない

僕は20歳の時に陶芸を始め、そこから全国の民藝品への熱に火がついた。全国の窯元や民藝館を周り今のものとは何が違うのか考え、あーでもないこーでもないと考えを巡らせるのが好きだった。そして、一丁前に考えだけは一人前に近づいている実感がある。まだ23歳のクソ若造だが、胸を張って言えることはひとつ。

「ものづくりで大切なのは良い使い手がいることだ」

ものの人生は2つある。職人によって作られるまでの人生と使い手によって使い続けられる人生だ。マグカップひとつとっても、使い手によってはコーヒーを飲むだけでなく花器や植木鉢にだって化ける。そしてそのマグカップが息子、孫へと代々受け継がれればそのマグカップ、いや、そのマグカップを作った職人の汗と涙の結晶は何百年とこの世に残り続ける。ものは95%が使い手に委ねられているのだ。

だからこそ100均の器で毎朝コーンフレークを食べているようなクソ野朗が知ったかぶって日本のものづくりに感心しているのを見ると蹴りを入れてやりたくなる(まあ本当はどうでもいいんだが)。若い世代の俺たちこそもっと生活にクールな民藝品を取り入れてみてくれ。使えば分かる。取手の持ち心地とか細かな職人の工夫が五感を通して僕らに訴えかけて来るんだ。

この世の隅でひっそりと佇む程度でいい。作り手としてただ長く大切に使ってもらえるものを作りたい。

そのためのあーでもないこーでもない。

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