初期衝動

 もっと人生はロマンチックなもんだと思っていた。

 私立高校に通い両親を経済的に苦しめていた自分は、大学入学とともに高校時代の夢を諦め、大した金額も稼げないというのにアルバイト中心の生活を送っていた。
 高校時代の夢はアメリカンフットボールの選手になることだった。大学でアメフトを続けるには、キャンパス近くで一人暮らしをし、毎日練習に励んで毎食腹一杯食べて強く逞しいアスリートになり、時にはクラブで朝まで過ごさなければならず、何かと学費以上にお金が必要な事は分かっていた。もちろん自分ではどうしようも出来ない。
 実家近くの居酒屋で23時までアルバイトをし帰宅すると、溜息と舌打ちを含むどんよりとした重い雰囲気がリビングを支配していた。もし、ため息が雲のように宙に留まる物質ならば、我が家のリビングは真っ白でテレビすら見れなかったに違いない。雲ひとつない快晴の日曜日でも、星座占いが一位の日でも、長期休暇で世間が浮かれている日でも、我が家のリビングは大体いつもそうだった。(僕が勝手にそう記憶しているだけなのかもしれない。)両親の冷戦に白黒付けること程難しい事はない。気遣いにより張り詰める緊張感はカーテンの皺まで伸ばしてくれそうだ。
 自分の部屋に入り、出来るだけ大音量でロックンロールを聴く。かっこいい。斜に構えて世の中を見てみると、ロックスターと自分との距離が縮まる。そのちょっとした安心感こそが当時の日常を凌ぐ唯一の糧のようなものであった。

「もっと人生はロマンチックであるべきなんだ。」

それは間違いなく、今の僕の人生に繋がる純粋で無垢な初期衝動だった。

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