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山形の景色を見たら山形へ帰りたくてしょうがなくなった。もうすぐGWなのに。(移民たち)

2020年4月9日

 ツイッターを見てたら山形の写真が投稿されてた。今年のGWは祖母の法事をする予定だったし、同級生たちと厄払いをする予定だった。今年は帰れないね、って話しながら、心は上の空。帰れないと分かってからは、山形のことを知らない振りしてた。知らないふりしてたら不意にやってきた突然の景色。うれしかったけど、やっぱり帰れないんだな、と思うと少し切なくはなった。ああ、つくしのおひたしが食べたい。

 電車は昨日より空いていた。少しずつ、都心から人は減る。お店もずいぶんと閉まっている。
 在宅の準備を一日中していた。明るい話はあまりないが、外は陽気な天気で嬉しかった。花粉症の人、今年はどうだったんだろう。まだ花粉は舞っているのだろうか。

 昨夜も、noteに日記を書いて、走りに出かけた。郊外の夜の姿は何も変わらない。月が煌々と輝き、なんだか雪の積もった日みたいな夜だった。夜なのに明るい。
 2011年の今頃、街の灯りは消えて、暗い夜が続いていた。それもまた、故郷を思い出した。景色が近くなればなるほどに、東京と山形は別のものになる。東京には空がない、と言った智恵子のことを思い、馳せたりする。

『移民たち 四つの長い物語』 W.G.ゼーベルト 白水社

 結婚して、子供ができた頃だったと思う。本屋でページを開いて身動きが取れなくなった。たった三行で、心を掴まれた。

 ゼーベルトは、1944年にドイツで生まれた。遺作となった(また、代表作と言われる『アウステルリッツ』では多くの文学賞をとり、将来のノーベル賞候補と呼ばれた)
 2001年に運転中に心筋梗塞となり、事故死した。ドイツで生まれ、イギリスでその生涯を終える。

 繊細な描写によって書かれた4人の移民たちの物語。あとがきの解説において、堀江敏幸さんは「作家の極端なペシミズムが読者にかけがえのない幸福をもたらすとはいったいどういうことなのか?」と書いている通りなのだ。
 全体的に暗いトーンに包まれた物語になっている。静謐な、ほとんど形容のない文体にもかかわらず、その文は冗長に止まることなく続く。物語の本質から眼差しは逸らせないにもかかわらず、語り手はその本質をあまり語らない。語り手は周辺視野だけで捉えている輪郭を語るのだが、そこに焦点は合わない。語られている言葉は常に朧げである。しかし、その眼差しは明らかに本質を射抜いて離さない。
 散文であるのか、フィクションであるのかさえ分別不可能な文体。

 山形で生まれて、いつのまにか東京へ来て、結婚して、子供ができて、もうきっと山形へ戻ることはないのだろう、と寝る前になると毎日のように思う。それは子どもが生まれた10年くらい前からずっと。つまり、この本と出会ってからずっとそうだ。

ああ、おまえはなにをしてきたのだと
吹き来る風が私に云う…
          中原中也「帰郷」

 
 ある日、山形の故郷へ帰った時、その風の声を聞いた。それがとても辛かった。いまや、その風も暖かく、ようこそ山形へ!と出迎えてくれる。
 帰省するような長い休みが終わる。東京(横浜だけど)へ帰る東北自動車道の渋滞。家族はみんな寝ていている。一人で歌を歌う。
 山形へ帰り、東京へ帰る。
 結局、どこへ帰るのだろう。

 今年はいつになったら山形へ帰れるのだろう。
 もういっそ山形で暮らそうぜ、と妻に言ったら、一人で暮らしたら?と冷たく言われた。
 

 今日は走りに行かない。早く眠りについて、明日はたくさん走る予定だ。
 馴染みのボルダリングジムは5月6日まで閉じるらしい。どこへもいけないから、何処かをぐるぐるまわるしかない。


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