福島復興あれこれ:帰還困難区域のまだら除染解除問題
5月1日付で、飯舘村長泥地区の特定復興拠点の避難指示が解除になり、現在、特定復興拠点として指定されていた地区はすべて解除がおわりました。
全体的な記事としては、朝日新聞の記事を紹介しておきます。
復興拠点、戻った人1.2% 避難指示、福島6町村全て解除
飯舘へ「通い復興」 避難指示解除、戻った住民1.2%
心に残ったのは、以下のTBSの記事のコメントでした。
長泥地区は、村内の他の地域の除染土を受け入れることと引き換えに、特定復興拠点として解除・整備することになった、という複雑な経緯があります。この経緯については、地元しては「苦渋の決断」であった、ということは繰り返されていたように記憶しています。
きっと苦々しく思われただろうのは、この判断について、「いい」「悪い」の論評だけならまだしも、あたかもモデルケースであるかのように吹聴して回る人がいた、ということではないか、とお察ししています。
判断した当事者は、これが正しかったのかどうか、判断が揺れ動くなかで、外側の人間がなにかの手柄か、あるいは逆に悪例かのようにふれまわるのは、品のない振る舞いではないでしょうか。
さて、今後焦点になってくるのは、特定復興拠点以外の避難指示解除されていない帰還困難区域の扱いです。
現在、政府は希望者をとって、希望世帯のみ除染して解除する、という方針を打ち出しています。この手法は、私を含めて維持可能性から疑問に思う声が広くありますが、毎日新聞が、問題点について3回の連載で網羅的に丁寧に記事にしていました。
記事に従って大きく分ければ、問題点は3つになります。
①行政手順の問題
ここに書かれているように、「除染してから解除」から「帰るなら除染」へと手続きが大転換したわけですが、それを容認したのは、首長と自治体だけで、住民は誰も了解していない、という状況です。これを「帰りたい人は帰れるようにする画期的な転換だ」と政治家は言いますが、かつて戦中に「撤退」を「転進」と言い換えた大本営発表と同じに聞こえます。記事に書かれているように、これ以上の予算がない、ということが最大の理由なのですから。
もっとも、除染をしたとしても「元に戻す」ことは不可能ですし、②の記事にあるように、放射線量が十分に下がりきらない可能性は非常に高いです。そうした点を踏まえて、正面から対応を考えるべきであるのに、論理のすり替えや言い換えで取り繕うのは、さらに事態を悪化させるだけになると思います。
②放射線量の問題
本文で指摘されていますが、山間部の場合は、仮に面的な除染をしても、十分に放射線量が下がらない可能性は非常に高いです。そのことを多くの人が触れず、みようとしないことにしているのも不可解です。
また、避難指示解除の20ミリシーベルトについても、特定復興拠点解除の時期に、実は方針の「大転換」が起きています。それまで、政府は避難指示解除の線量20ミリシーベルトについて、「基準としては20ミリシーベルトだけれど、実際の放射線レベルはそれよりもはるかに低く、そんなに被曝することはありえない。これはあくまで数値上の基準で、実質は5よりも下。」と説明していました。しかし、特定復興拠点解除の時期から、「20ミリシーベルト以上被曝する人はいない」と、20を実質上の基準にしてしまいました。このことについても、指摘する人が誰もいないのは、不思議なことです。
また、研究者のなかに、現在も「政府の被曝量の換算式は空間線量から過大に被曝量を導出するものになっており、実際にそんなに被曝する人はいない」と思っている人も少なからずいるのではないかと思います。
この件については、2月に開かれた研究会(https://takehiko-i-hayashi.hatenablog.com/entry/2022/12/21/120223)で発表させてもらったのですが、政府の計算式どおりに被曝する可能性は十分にあります。
簡単に言えば、事故直後の初期の時期に政府の計算式が被曝量を過大に評価する、と言われていたのは、自主的な行動抑制による被曝量低減の結果であり、農山村部では特に、普通に暮らすようになれば、政府の換算式はかなりの精度で現実を反映したものになっている、ということです。(これを実測データを元に検証してみました。)
事故直後ならまだしも、事故から10年経って年間20ミリシーベルトがっちり被曝する可能性がある地域で、なんの対策もなく暮らすことが文明国としてのあり方なのでしょうか。
③コミュニティ再生・維持の問題
まだら除染解除の最大の問題のひとつは、コミュニティの再生と維持がほとんど不可能である、ということです。
この件については、原発事故直後をご記憶の方には、「特定避難勧奨地点」と思い起こしていただければわかりやすいのではないかと思います。これは強制避難指示ではなかったものの、一定程度の放射線レベルがある地域のなかで、玄関先ではかった放射線量を基準に、世帯ごとに避難を「勧める」というもので、基準の不明瞭さと、なにより、世帯ごとに判断を迫るというやり方のために、コミュニティはズタズタになりました。行政担当者も、後から「大失敗の政策だった」と言っていた人が多くいた程度には、ひどい政策でした。
まだら除染解除は、特定避難勧奨地点を再度、今度は逆向きに「避難指示解除」で行うようなものです。起きるコミュニティへの帰結は、特定避難勧奨地点と同じものになるでしょう。特定避難勧奨地点周辺の比較的放射線量が高い地域は、他の地域と比べての放射線量の高さから、地域の維持が非常に苦しくなりました。その後遺症は、線量が低減したあとも残り続け、加速した過疎化が反転することはなかった地域がほとんどだと思います。
ましてや、帰還困難区域は放射線量の低減も短期的には見込めません。この状況でコミュニティ再生は、まず無理と考えるのが妥当でしょう。コミュニティのないなかで人はどのように暮らしていけるのでしょうか。
少なくとも、こうした条件について、きちんと詳らかにすべきですし、将来はどうなるのかのみとおしも明らかにすべきです。人間というのは、将来像があるならば、現在進行形の苦難も耐えられますが、将来像なしでは、ただただ責め苦のような日々が続くだけになります。
2023/05/03追記:
毎日新聞が記事の内容を動画でも説明していました。映像をご覧いただくと一層イメージが湧きやすいと思います。
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