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流し活動、高知県中土佐町の記録(2022年10月)

高知へと旅に出た。久々の流し活動である。

そう、わたしは本来流しのカレー屋なのだ。いろんなところに出かけてはカレーを作るイベントをしていたのだが、ここ数年、社会的にも自分的にも軽々とは動けない事情があり、まさに3年ぶりの地方活動となった。

行く先は高知県中土佐町。いつもお世話になっている中里自然農園さんのある場所だ。これまでに2度訪れたことがある。今回は初めて、ここ中土佐町でカレーを作るイベントを行う。

中里夫妻とわたし、それからややこちゃんと。

中里さんご夫婦はとっても素敵だ。わたしはこのお二人が出会って、結婚してくださったことにとても感謝している。お二人が一緒になってくれなかったら、わたしは中里自然農園と出会えなかったし、今のand CURRYはないと思う。

拓也さんは野菜と会話している。無論、野菜とは言葉を交わせないから、会話、っていう表現はちょっとずれている気もするけれど、会話しながら野菜が快適に育つ方法を模索している(ように思う)。実際に中里自然農園さんから送られてくる野菜は、生き生きとして今にも喋り出しそうだ。早紀子さんはその魅力を拡散させていくことが得意だ(と思う。)心がきれいで、飾らず自然体な早紀子さんを信頼しているし、同じ思いの人はとっても多いと思う。「早紀子さんと知り合いなんです。」っていう人に、わたしは信じられないほど多く出会った。キッチンに来てくださるお客様にも数名いたし、別の仕事で出会った人も複数いた。影武者でもいるのか?と思うほどに顔が広い。彼女の生まれつき備わっている大きなエンジンの発信力と巻き込み力、細やかな気遣いで、野菜の魅力を伝えるのだから、それはもう、受け取る側は全身でキャッチする他ない。

中里さんご夫婦と出会って、中土佐町を訪れ、この地の魅力を知る。毎回、東京に帰ってくるたび、「本当に豊かなことってなんだろう」「わたしはいつまでここにいるのだろう」と考えさせられるほどだ。そんな場所でカレーを作るチャンスをいただいたことは、とても光栄なことだ。

作ったカレーは二種類。かつおチキンキーマと、旬野菜の薬膳豆カレー。何度か東京のキッチンでもお目見えしたことのあるメニューだ。

鍋が大きいため、踏み台を使用して調理する逞しい後ろ姿。

かつおチキンキーマには、大正市場にある田中鮮魚店さんの「かつおの端材」が入っている。かつおの加工品を作る際に出る端っこを、フレーク状にしたもので、これがめちゃくちゃ美味しいのだ。あっさりした鶏胸肉に、かつおの出汁が滲み出て、懐かしさのある味わいが楽しめる。スパイスもかつおの風味を生かしたいので、スタンダードなものを必要最低限で使っている。(フライデーカレーミックスで作れます!)

一方の薬膳豆カレーは、棗や枸杞の実など漢方食材を使った滋味深いカレー。今回は中里さんの里芋、空芯菜と、中土佐町で作られているイタドリの塩漬けを使った。

副菜は中里さんのケールと、さつまいもでココナッツ炒めを。そして拓也さんのお母様が作ったミックスリーフを添えた。

イベント当日。11時半のスタート時間が近づくと店先が賑やかに。たくさんの方が並んでくださっていた。早紀子さん、ややこちゃん(イタドリを作っている移住女子)、タンパくん(七面鳥の事業を行っている有名人)を始め、街の人たちが手伝ってくださり、わたしはせっせとプレートを完成させていった。1時間半で80食近くが完売。あっという間の時間だった。並んでくださっていた方の中には、中土佐町の方々はもちろん、わたしの学生時代のアルバイト仲間(何年振りの再会だろうか!)や、キッチンにも何度か来てくださってる方もいらっしゃり、嬉しい偶然がたくさん重なった。皆、それぞれの毎日があり、なんとなく、今日この日、タイミングがあって、この場所に集まっている。引力のようなものが働いているに違いない。そう思いこんでしまえるくらいのパワーがあの場には漲っていた。

地元の皆さんや、たまたま帰省していた方が並んでくださって大賑わい。

そのパワーは弛まず、イベント終了後の夕方も南場四呂右さんを連れてきてくれた。皆で中里さんちのお庭で、高知県ならではの贅沢な仕出し、皿鉢(さわち)料理をつまみながら、ビールを飲んだ。色んなことを話した。たわいないこと、食べること、環境のこと。壮大な話も、地続きになっていて今、ここにあるから、東京では大袈裟だなと思う話題も屈託なくテーブルに出せて、話し合える。大好きな人たちしかいない優しい空間は、数ヶ月経った今も記憶に鮮明に残っている。

高知名物皿鉢料理、もう一皿ありそちらは豪華な刺身盛り合わせ!

南場さんが帰る時、皆で見送りに玄関の門まで出て行った。手を振って、車が見えなくなって、ふと空を見上げると、満月。そうですか、皆を引き寄せるあのパワーはあなたの仕業だったのですね。


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