おいしさを文で伝える
食べることが好き。
おいしいものに会いにゆくのが好き。
書くことが好き。
だから、 おいしいもののおいしさを、文にして人に伝えるのが好き。
「おいしさを文で伝える」
それはもしかしたら、わたしの使命なのかもしれない。と、最近思いはじめている。
でも、振り返ってみると、その使命は、すでに学生時代から芽を出していたようなのだ。
大学1回生の時、何の気なしに受けた「作文を書く」という授業。字面だけで選んだ授業だったけれど、いちばん記憶に残っている。
初回の講義で教授は言った。「みなさんには毎回、作文を書いて出してもらいます。作家になったつもりで、どうぞ」。
自由文からはじまり、随筆、説明文、意見文、主張文などいろいろなジャンルの「作文」が課された。
随筆はまだしも、説明文ってなんだよ難しいじゃんよと思いながら、次の週の講義に備えて考えるも、いいアイディアが思い浮かばない。説明文と聞いてまず浮かぶのが、理系の小難しそうな文章だったから。
提出日の前夜、原稿用紙は白紙。
明日の授業どうしよう、いったいわたしが何を説明できるっちゅーねん。
部屋でごろごろしながら、そう考えていた時だった。
台所から、ごま油の香ばしい匂い。母が夕飯を作っている。見れば、その日の副菜は「卯の花」。
あっこれだ、と思った。
うちの卯の花には、いろんな野菜が入っている。にんじん、しいたけ、こんにゃく、ごぼう、さんどまめ。五目卯の花だ。
卯の花はだいたい母が作るけれど、わたしもたまに作っていたから、作りかたは知っていた。
わたしには、小難しい理系の説明文は書けない。でも、じぶんちのおかずの作りかたは説明できる。
おからをフライパンで乾煎りして、ごぼうはささがきに、干ししいたけは水に戻して、根菜は下ゆでして、さんどまめはみどり色が褪せないように最後に入れて、、、
そんなふうに、わが家の卯の花の作りかたをこと細かく文章で説明し、作文の後半は、その味をさらにこと細かく説明した。
こうして半ば遊びごころから生まれた説明文「わが家の五目卯の花」は、狙ってもいないのに教授の目にとまり、広い講義室のなかで学生たちを前に、教授が朗読してくれたのだった。
作文は毎回、教授がコメントを入れて返してくれた。若かりしわたしは、そのコメントが素直にうれしかった。
先日懐かしくなって、コメント入りの作文用紙を探してみたけれど、見当たらない。捨ててはいないはずだから、きっと部屋のどこかに埋もれているのだろう。そのうち出てきたら、読み返したい。
わたしの記憶が正しければ、教授のコメントはこうだったはず。「文字を通して、口のなか、舌まで味が伝わってきます」。
うむ。わたしの「おいしさを文で伝える」という使命は、やはりこの時からもう、はじまっていたのだな。
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