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【小説】乙女は今日もドジを演じる

※ある企画にて画像の設定から書いた小説です

陽の光が空を照らし始めるころ、私の一日は始まる。
兄妹でここに住み込みで働くことになってから割り当てられた部屋でベッドから体を起こすと寝具を整え、制服に着替える。
まだ眠たい目をこすりながら洗面所へと向かい顔を洗う。すっかり目の覚めた私は兄さまと同じアイスブルーの瞳で鏡に映った私を用心深く観察する。寝癖が付いていないか、クマができていないか。大切なご主人様に愛想をつかされてしまわないように。
食堂へ向かう途中で兄さまとすれ違った。
「おはようディアナ今日はよく眠れたか?」
「おはようございます兄さま、今日はいつもよりも目覚めがお早いのですね。ご主人様を起こしに行くにもまだ早いのではないのですか?」
「今日はジョシュア様のご友人が来る、というかジョシュア様が呼びつけたらしいんだが…とにかく来客が来るのに肝心の主人が準備できていないというのはまずいだろう? だから今日は早めに起こしに来てくれと頼まれたんだ」
「ご主人様のご友人?となると…」
 私はその来客に心当たりがあった。なにせその人物に出会ったその日に求婚を求められたのだから。あの時はひどく慌てた。
「来客はルベルだね」
 やっぱり、私の勘は見事に的中してしまったみたい。私は正直あの人がちょっと苦手だ。
「またあの時みたいに俺の可愛い妹に手を出そうとしたら俺が追っ払ってやるから安心するといい。」
兄さまは笑いながらそう言う。騎士様を追っ払ったら何されるか分からないのに。でもそんな兄さまがとても頼もしく感じられた。小さなころから一緒に過ごしてきて何度その笑顔に助けられたことか。
「ジョシュア様の朝食の準備が始まる前にディアナも朝食を食べておいで。」
 そういうと兄さまはご主人様の寝室の方へと去っていった。

食堂に着くともう他のメイドたちも食事を始めているようだった。雑穀を使ったパンと野菜のスープ、夕食になればビールやワインが付き少し豪華になる。質素かもしれないが、衣食住そろったこのお屋敷で働かせてもらえているのだから文句は言えない。
朝食を済ませると今度はご主人様の料理の準備が始まる。食糧庫から肉を取り出し一人分を切り分ける。東国から仕入れた貴重な香辛料で保存してあるため、無駄にならないように慎重に事が運ばれる。
フライパンの上で肉が焼かれると何とも言えないいい匂いがキッチンに漂う。
私たちが肉を食べられるのはお肉を保存するときに切り分けた端の部分かカリで肉を調達できる夏の時期だけだ。春のこの時期はまだ獣が子育ての真最中で気性が荒いため狩りには適しておらずお肉にありつくことはできない。そのため私たちは夏の狩りが始まるのを今か今かと待ちわびるのだ。
朝食を作り終えるとご主人様の座る席まで運び、テーブルに丁寧に並べていく。メインのお肉に小麦を使った白くて柔らかそうなパン、そして果汁を絞って作られたドリンク。食後でもおいしそうだと感じるほどに魅力的だ。
テーブルに並べ終わると次は私たちの使った食器を洗う。その間にご主人様が食事を食べ、ご主人様の皿を洗い、拭き、食器棚へと戻す。それが朝の決まったお仕事だ。
食後は屋敷の掃除が始まる。埃落とし、窓ふき、雑巾がけ、落ち葉集めなどの仕事をメイドたちで分担してとり行っているのだ。
私の担当は二階の窓拭きなので雑巾と少しの水の入ったバケツを持ち長い廊下へと持っていく、窓拭きも長い廊下となれば重労働だ。ほんの少しの水をつけた雑巾で窓を丁寧に拭いていく。一面拭き終わると水が乾き跡が残らないようにもう一枚の乾雑巾で水滴を拭き取る。
一枚、また一枚と拭いていく、そうしてしばらく経った頃ガラス越しに見える庭の外でで馬車が止まるのが見えた。朝に兄様がルベルさんが来ると言っていたからその送りの馬車なのかな。
呆けていては仕事が終わらないと思い再び窓を拭いていく。

「ふぅ、だいぶ綺麗になったかな」
 しばらく時間が経ちもう昼前、大きい屋敷なだけあって廊下の窓掃除だけでも結構な時間がかかる。でも、掃除が終わった後の綺麗になったガラスを見ながら道具を戻しにいく時はなんとも言えない幸福感がある。
最初に仕事を始めた頃は他のメイドに手伝ってもらって終わらせていた仕事も今では自分一人でこなせるようになっている。
昼食の時間私は休憩時間になっている。ご主人様曰く、「疲れた状態での仕事は事故につながるから休む時はしっかり休んで」とのことだ。私はお他のお屋敷に勤めたことはないけど、それでもご主人様が優しいのは分かる。使用人でも御者でも客人でも、敬意を持って接するご主人様はまるで聖人のようだ。
でも本人に言ったらきっと「僕はそんなに凄い人じゃないよ」って笑って謙遜するんだろうなと思って私は少し微笑むのだった。

 昼食を食べ、食器洗いを済ませ食器棚へと戻していると兄さまが入ってきた。
「ジョシュア様とルベル様の仕事話は済んだようだ。昼食はサンドイッチを運んでおいた。ディアナ、食後の紅茶の準備をしてくれ。…そういえば戸棚にスコーンがあったはずだな。」
「なぜ私の指名なのですか?」
 私はティーカップと茶葉を取り出しながら聞く。
「ルベル様のご指名だ。あのキザ男、俺の妹をなんだと思ってるんだ。」
 不平をたらしながらも兄さんはスコーンを皿に並べていく。文句を言いながらも不満が行動に現れない所がきっちり公私を分けている兄さまの良い所だと思う。
 銀のトレーにティーカップと茶葉、兄さまは熱湯の入ったポットとスコーンをそれぞれ乗せて兄妹並んで中庭のテーブルへと向かう。
 そこでは二人の人物がテーブルを挟んで会話している。片方は金髪碧眼でたれ目な優しそうな印象の男性、一目見れば分かる。私達が仕えているご主人様だ。
もう片方は対照的に艶やかな黒髪に炎みたいな赤い瞳、ややつり目で活発そうな印象の男性だ。この人がルベル、ご主人様とは何もかも対称的なのに親友だと言うのだからなんとも不思議な感じだ。
「おっ、どこの美女かと思ったらメイドちゃんじゃないか。こっちおいで、一緒にお茶しよう?」
 やっぱり私はこの人が苦手かもしれない。そう思っていると私の立っている場所が途端に日陰に変わった。兄さまの大きな背中が目の前にあったからだ。
「俺の妹へのからかいは遠慮してもらえますか。」
 兄さまのことだから笑顔で接しているとは思うけど、その声からは怒気が感じ取れた。
 兄さまの大きな背中、幼い頃から追いかけてきた背中は安心感がある。守られていると言う感覚がとても暖かかった。
「ごめんごめん、ちょっと揶揄っただけだよ。でもメイドちゃんを可愛いと思ってるのは本当だけどね。」
「・・・」
 ひょうきんな態度のルベル様に呆れたのか兄さまは黙ってしまった。
「ルベル、あんまり僕のメイドを困らせないでくれよ」
 ご主人様はいつも通り微笑みながら注意する。
「あの、お紅茶をお注ぎしてもよろしいでしょうか?」
 私がそう尋ねると「ああ、頼むよ」と二つ返事で答えてくれた。

 ティーカップを二つ置きティーポットに茶葉を入れ、キッチンで沸騰させたてのお湯をポットに注ぎ、すぐにふたをして蒸らす。二人分だから三、四分くらい。
「それにしてもルベルは誰にでもそういう態度をとるのか?グレイシアからの報告で聞いてはいたが…」
「そうですよこの男俺の妹に開口一番告白したんですよ。正気じゃないですよ。」
 兄さまはものすごい剣幕でご主人様に訴える。
「まあまあ落ち着きなよグレイシア、何か理由があるんだろルベル。」
「んーいや、特に理由はない可愛い子がいたから嫁に迎えたいなって思っただけだよ。」
「ルベル、君って人は…」
「恋する女の子は可愛いからな」
「「?!」」
 私たち兄妹はどちらも似たような反応を見せる
 もしかして私がご主人様が好きなのバレてる?
 背中にうっすら冷や汗をかきながら平然を装う。
 でもなんで兄さまも驚いたんだろう。
 ご主人様は何のことだか分からないようにぽかんとしている。鈍感な人だ。そんなところも大好きだけど。
 私たちの反応を見てルベル様はニヤニヤ笑っている。
「いやー面白いものが見れたわ。また今度何かあったら顔出しに来るわ。」
 そう言ってルベル様は去っていった。
「逃げたな、あいつ」
「逃げられてしまいましたね」
「えっと、さっきのはなんだったの?」
「気にしなくても問題ないです。ジョシュア様きっと揶揄っただけでしょう。ディアナ、ご主人様に紅茶を」
「はいっ」
 気まずい質問を兄さまが誤魔化してくれた。
兄さまはやっぱり私のことを気づいている?
色々なことを考えながらティーポットの中の茶葉を混ぜ、紅茶をティーカップの中に円を描くように注いでいく。しかし、ルベル様が去ってしまったため一人分の紅茶が残ってしまった。
「ジョシュア様、紅茶があと一人分残っていますので、もし嫌でなければディアナとティータイムを過ごしていただけますか?」
「良いけど、どうしてまた?」
「上手に淹れられた紅茶もお一人では味が落ちてしまうのではと思い提案させていただきました。余計なお世話だとしたら申し訳ありません」
「余計だなんて思ってないよ。気遣いありがとうグレイシア、君も一緒に飲まないかい?」
「私はディアナの分の仕事をこなしてきますので遠慮します。ディアナ、ジョシュア様に粗相のないようにな」
「はい、お兄様」
 兄さまがご主人様の背後を周り、屋敷へと戻っていく。途中で振り向くと私にだけ見えるように右目を閉じてウィンクして中へと入っていった。
 庭に残された私とご主人様。私の疑問が確信へと変わっていきました。兄さまは私がご主人様が好きなのを分かっていて二人きりにしたのです。
 それに気づいた途端に私の顔が熱くなるのを感じました。
 誤魔化すように紅茶を口に含む。まだ熱い紅茶のせいか好きな人と二人きりなせいか味がよく分からなかった。
「顔赤いけど大丈夫?」
 やっぱり顔が赤くなっていたみたいで、心配したのかご主人様が話しかけてきた。
「だっ、大丈夫です。」
「ほんとに?」
 ご主人様は立ち上がると私の座っている席の方へ回ってきて額に手を当てる。
「高熱ってわけじゃなさそうだね。なんともなくてよかった。」
 なんともないわけがない、私の心臓は嬉しさと焦りと緊張とでバクバク忙しく動いている。
 ご主人様はとても優しい、だけどびっくりするくらい鈍感だ。時々その鈍感さが私の心をひどく締め付ける。もしご主人様がこっちの気持ちに気づいてくれたら楽だったかもしれない。メイドの身分で侯爵のご主人様にお近づきになろうという考え自体が間違っているのかもしれないと思うことがある。だけど、ご主人様の優しさがその図々しさをも包み込んでくれそうな気がする。だからこそ諦められないのです。
 いっそのこと答えを貰えたら…
「ご主人様、つかぬことをお聞きしますが、」
「何かな?」
 恋愛対象じゃないと言われたら諦めよう。それで、今まで通り働き続けよう。
 ここで聞かなきゃきっと後悔する。
「ご主人様にとって私はどういう存在ですか?」
 額に当てられていた手を私の両手で包み込みながら尋ねる。
「その質問の意図はわからないけど、ディアナは僕にとって大切で優秀なメイドさんだよ。」
 いつになく真剣な顔つきで答えるご主人様に胸がときめく。
 求めていた答えとは違ったけど、それはそれで良かった。そう言ってもらえるだけで安心できた。
「風が強くなってきたね。中に戻ろうか」
 冷や汗をかいていたのもあって風が冷たかった。

 夕食過ぎ、シャワーを浴びながら今日一日のことを思い返す。ルベル様に揶揄われたり、兄さまに恋心がバレてたり、ご主人様に玉砕覚悟で聞いて、若干の肩透かしをう食らったり、思い返すだけでまた顔が赤くなってしまう。
 今日は早めに休もう。
 寝巻きを着て自室へ向かう途中で食堂を通った時に兄さまを見かけた。夕食の片付けは終わったはずなのに何をしているんだろうと思い近づくと私に気づいたのか振り向く、その手にはマグカップが握られていた。
「ディアナ、今これを部屋に運ぼうと思っていたんだ。今日一日色々あって疲れただろうからね。」
そう言って手渡されたのはホットミルクだった。
「ありがとう兄さま、飲んだらまた食器を戻しに来るわ。」
「いや、部屋に置いといて良いぞ。俺は書類仕事が少し残ってるからそれが終わったらディアナの部屋から回収していく。」
「分かった。ホットミルクありがとうね。」
自室に戻りホットミルクを一口飲む。甘い香りと柔らかな口当たりが心地よい。
ベッドに入り一息つくと眠たくなってきた。
 今日はもう寝てしまおう。
 そうして、私の一日が穏やかに幕を閉じた。

—グレイシア—
 兄妹の兄はどういうものはどこまで妹に対して親身になるのがいいんだろか。
 妹を愛して支えあって悪い人間から守ることが俺にとっての兄の像だ。
 妹が好きで他の男に渡したくない気持ちはもちろんある。しかし、妹が好いた男がいるのならば、俺は身を引き応援する。
ディアナは純粋な女の子だ。好きになった男がいるのならばきっとその男は悪い人間ではないのだろう。困難な道でも本人が進む限り俺は支え続けていくつもりだ。
しかし、今日来たあの男、また突拍子もないプロポーズをするのかと思えばそうじゃなかった。ただ揶揄うだけ。
ディアナは気づいていないようだったが、揶揄って気を引こうとするときも半ばあきらめたような目で言っていた。かと思えば、「恋する女の子は可愛い」だ。ディアナがジョシュア様に気があることを知っての発言なのは確かだろう。
ジョシュア様にディアナの恋心を気づかせるためあったのか?
よくわからない男だ。
書類仕事を終えて一日のことを思い返してため息をつく、考えても分からないことは気にしない。そろそろ皆が寝静まった時間だろう。ディアナの部屋のマグカップを回収しないとな、と思い椅子から腰を上げる。
ディアナはぐっすり眠っているようだった。ホットミルクのカップは空になっていてカップ自体も冷めていた。
穏やかに眠る妹の顔はさながら童話に出てくる美しい姫君のようだった。
シルクのような艶やかな髪を一束手で救い上げると口づけをする。妹の口はいつか夫になる人のものだ。
髪を丁寧に置くと、頭をなでる。
「今日はいろいろあって疲れただろう、ゆっくりお休み」
 そう呟いて部屋を出る。
 ベッドで眠る前に祈りをささげる。ただただ妹の幸せを願って。

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