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「夜の星屑の桜いろ」第二章 ~過去の星座を紐解く~


登場人物

  • 藤井 悠介(ふじい ゆうすけ):主人公。二十八歳。都会のストレスから逃れるために名古屋の八事に戻る。物静かで内向的だが、深い思いやりを持つ。音楽が好きで、祖父からもらった古いギターを愛用している。

  • 桜井 結衣(さくらい ゆい):菜月の妹。二十六歳。姉を事故で失ったショックから人付き合いを避けてきた。内向的で、空想の世界に浸ることが多い。星空を眺めるのが好きで、アマチュアの天文愛好家でもある。

  • 桜井 菜月(さくらい なつき):悠介のかつての恋人。故人。明るく活発で、誰とでもすぐに打ち解ける性格。四年前の交通事故で亡くなった。

  • 藤井 健一(ふじい けんいち):悠介の祖父。故人。多趣味で、特に星空観察を愛していた。悠介にとっての精神的な支えであり、遺品の中に多くの天文書や観測記録が残されている。

  • 山本 拓也(やまもと たくや):悠介の幼なじみで、地元のカフェを経営している。陽気で社交的。町の情報通で、悠介が戻ってきたことを喜び、色々と世話を焼く。

プロローグ: 星の記憶

悠介は、窓から差し込む朝日に目を覚ました。薄明るい空に、最後の星がかすかに瞬いている。夢の中で見た祖父と菜月の笑顔が、まだ網膜に焼き付いていた。

ベッドから起き上がり、スマートフォンを手に取る。画面には結衣からのメッセージが表示されていた。 「今日も星を探しに行きませんか」

悠介は深呼吸をした。祖父の家に来てから1週間。遺品整理への不安と期待が、胸の中でぐるぐると渦を巻いている。

「今日こそ、整理を始めなきゃ」

そう呟きながら、悠介は窓の外に広がる朝もやの中に、新たな一日の予感を感じていた。

シーン1: 祖父の天文台

悠介は屋根裏への梯子を上っていった。開けたことのない扉の向こうに、どんな世界が広がっているのか。

扉を開けると、埃っぽい空気が鼻をくすぐった。カーテンを開けると、そこには小さな天文台が姿を現した。

中央には大きな望遠鏡が鎮座している。レンズには薄く埃がかかっているが、まるで今にも動き出しそうな存在感だった。壁には古びた星図が貼られ、机の上には観測ノートが重ねられていた。

悠介は恐る恐る観測ノートを手に取った。祖父の几帳面な字で、日付と観測した天体の名前が記されている。ページをめくると、そこに一枚の写真が挟まっていた。

写真には、幼い頃の自分と菜月が写っていた。二人で望遠鏡を覗き込んでいる姿。思わず、胸が締め付けられる。

「おじいちゃん...菜月...」

悠介は椅子に腰掛け、ノートを読み進めた。すると、祖父が独自に作り上げた星座物語の記録を見つけた。

「人生の星座」と題された物語は、人間の一生を星座に例えていた。誕生を表す「揺りかごの星」、成長の「階段の星」、恋愛の「二重星」、そして最後の「帰還の星」。

悠介は、祖父の言葉に込められた人生哲学に、じんわりと温かいものを感じた。

おもむろに立ち上がり、望遠鏡に目を近づける。レンズを通して見える星空は、驚くほど鮮明だった。

「こんな星空を、毎晩見ていたんだね、おじいちゃん」

悠介の目に、一筋の涙が光った。

回想シーン: 祖父との星空観察

「悠介、今夜はペルセウス座流星群が見られるんだよ」

祖父の声が、記憶の中から蘇ってくる。小学生の頃の夏の夜。庭に寝転んで、祖父と一緒に星空を見上げていた。

「ねえ、おじいちゃん。星座にはどうしてお話があるの?」

「そうだねえ。昔の人たちが、星の並びに意味を見出したんだよ。例えば、オリオン座は勇敢な狩人の姿を表しているんだ」

祖父は優しく微笑みながら、次々と星座にまつわる神話を語ってくれた。

「人生は星座のようなものだよ、悠介」

「どういうこと?」

「一つ一つの経験が星のように輝いて、それらがつながって人生という星座を作るんだ。だから、一つ一つの瞬間を大切にするんだよ」

幼い悠介には、その言葉の意味が十分に理解できなかった。でも今、この天文台に立って、その言葉の重みを感じている自分がいた。

シーン2: 菜月の痕跡

天文台を後にした悠介は、祖父の書斎の整理に取り掛かった。本棚の奥から、一冊のアルバムが目に留まる。手に取ると、そこには「菜月」と書かれていた。

悠介は、一瞬躊躇した。けれど、ゆっくりとアルバムを開く。

ページをめくると、そこには高校時代の自分と菜月の写真が詰まっていた。文化祭での二人の姿、下校途中の笑顔、そして...星空の下で撮った写真。

「ああ、このとき...」

悠介は、その夜のことを鮮明に覚えていた。菜月と二人で、こっそり夜中に丘に登って星を見に行ったこと。菜月が持ってきたカメラで、必死に星空を撮影しようとしたこと。

「悠介、見て!流れ星!」

菜月の声が、まるで今も耳元で響いているかのよう。

アルバムをめくっていると、一通の封筒が滑り落ちた。表には「悠介へ」と、菜月の筆跡で書かれている。

悠介の手が震えた。この手紙の存在を、今まで知らなかった。読むべきか、迷う。

深呼吸をして、悠介は封を切った。

「悠介へ 私たちの星空の思い出、覚えてる?あの夜、二人で見た流れ星。私、ずっと忘れられないの。 悠介と一緒に、もっともっと星を見ていきたいな。未来の私たちは、どんな星座を作っているんだろう。 それを想像するだけで、わくわくする。 いつか、二人で新しい星座を見つけられますように。 菜月より」

手紙を読み終えた悠介の頬を、涙が伝っていた。喪失感と温かな愛情が、胸の中で交錯する。

シーン3: 結衣との星空散歩

夕暮れ時、悠介のスマートフォンが鳴った。結衣からだ。

「もしもし、悠介さん。今夜、星を見に行きませんか?」

悠介は一瞬躊躇したが、「うん、行こう」と答えていた。

二人は、懐かしい丘への道を歩き始めた。八事の街並みが、徐々に夜の装いに変わっていく。空を見上げると、まだかすかだが、星が瞬き始めていた。

「ねえ、結衣」 「はい?」 「昔、菜月とよくここに来たんだ」 「そうだったんですね...」

結衣の声に、少しだけ寂しさが混じっているような気がした。

丘の頂上に着くと、そこには息を呑むような星空が広がっていた。

「わあ...」 結衣の声に、悠介は思わず微笑んだ。

「ねえ、結衣。おじいちゃんが教えてくれた星座の話、聞きたい?」 「はい、ぜひ!」

悠介は、祖父から聞いた星座物語を、結衣に語り始めた。結衣は興味深そうに聞き入り、時折質問を投げかける。

「ねえ、悠介さん。私たちで新しい星座、見つけませんか?」 「うん、そうだね」

二人は空を見上げ、星々をつないでいく。

「ほら、あそこ。あの四つの星、ギターみたいじゃない?」 「本当だ。『音楽家の星座』って名付けよう」

二人で見つけた新しい星座に、物語を作り始める。気がつけば、肩が触れ合うほど近くにいた。

丘を降りながら、悠介は結衣との距離が、少しずつ縮まっていることに気づいていた。

エピローグ: 星々の囁き

夜が深まり、二人は黙って星空を見上げていた。 語り明かした後の静けさが、心地よかった。

悠介は、自分の中に何かが変わり始めていることを感じていた。 過去の思い出と、今この瞬間が、星座のように重なり合う。

結衣との関係も、何か違うものに変わりつつあるような気がした。 それは、どこか期待と不安が入り混じったような感覚。

東の空が少しずつ明るくなり始める。 その光の中に、悠介は新たな希望を見出していた。

「さあ、帰ろうか」 「はい」

二人の足音が、朝もやの中に吸い込まれていった。

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