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起業家という道を経て、今は二作目の出版を目指している橋本なずなです。

『 朝、目が覚めた時に一番に思うことは、閃きやったり、直感やったりするんやで 』

幼い私に、母はそのように教えた。

——— 朝、目が覚めた。
今日は月命日、母が亡くなって5ヵ月が経った。

目を覚ますと同時に、夢からも覚めたような気がした。そして間もなく涙が込み上げた。


昨日は、私が初の書籍を出版して、ちょうど1年の記念日だった。
パートナーから大きな花束をもらって、焼き肉をご馳走してもらって、帰りにケーキと、自販機に売ってあるお気に入りの紅茶を買って。
「 SEX and the CITY 」を一緒に観ながらアレコレ言って、夜更かしをした。

幸せだった、とても。

先に眠ったパートナーの寝顔を、ずっと眺めて居られた。
愛おしくて、愛おしくて、頬を撫でたり、キスをしたりしていた。

暫くして、私もそろそろ眠ろうと目を瞑った頃には夜中3時を過ぎていた。


ふ ——— っと、目が覚めた。
スマホの画面を見ると、7:35と数字が並んでいた。

ほぼ同時に、涙は込み上げた。
月命日になると、いつも、母がもうこの世には居ないということを知らしめられる。

毎月、この日だけは、現実世界に強制送還されるのだ。

仕事に向かう彼を見送り、私は簡単に身支度を済ませて家を出た。
飼っているうさぎたちの餌が無くて、朝一番に買いに行く必要があった。

最寄りの店舗より30分早く営業している隣町のホームセンターに向かって、自転車を走らせた。
8時50分、店が開くまで10分を持て余した。


近くのコンビニに行ってアイスコーヒーを買った。
店前に停められている車のライトと同じ高さに目線を合わせるようにして、その場にしゃがみ込んだ。

この現実は、好きじゃない。

ずっと、ずっと、夢の中に居られたら良いのにと思う。

願わくば、ずっとお酒を飲んでいたいし、ずっとセックスをしていたい。
ずっとゲームをするでも良いし、ずっと本を読むのも良い。

何でも良いから、私を夢の世界に監禁して欲しい。
この非情な現実になど、戻って来させないで欲しい。

パートナーとセックス中、私が「 中に出して良いよ 」と言うと、彼はどれだけ盛り上がっていても『 ダメだよ 』と一蹴する。
妊娠を望んでいるのではなく、めちゃくちゃになってしまえば良いと、自暴自棄で言っているのだと分かっているからだ。

パートナーが理性的で、良い人であって本当に良かったと思う。
衝動的で、下半身に主導権を握られているような人ならば、私はとっくに道を誤っているだろうから。


冷えたアイスコーヒーを一気に飲み干した。
自分の “弱さ” という実が握り潰されて、じゅわぁっと汁が滲むような感覚が脳内を走った。


明日になればまた、私は再び夢の世界に戻ることができる。
そこには素敵なパートナーが側に居て、幸せで、楽しくて、晴天が続く夏の日の様な、キラキラとした時間が流れる。


その世界では決して、唯一の家族が死んでなんかいない。自分の腕を切ったりなんかしていないのだから。

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