未公開映画の脚本が週刊誌に掲載された事件(東京地裁R4.7.29)〈著作権判例紹介〉

 映画『ハレンチ君主いんびな休日』が、トラブルで公開中止となりました。映画の監督と脚本家が、お蔵入りさせた映画製作・配給会社に対して、公開中止による損害賠償と、原告が映画の著作権を有することの確認を求めました。また、公開中止の顛末に関する記事を掲載した週刊誌の出版社に対して、名誉棄損と脚本の公表権侵害による損害賠償を求めました。

 裁判所は、「本件映画は公開延期及び中止となり、誰も見ることができない映画になってしまったところ、そのような映画の脚本を著作者である原告らに無断で公表することは、なおさら許されない」と判示しました。出版社は試写会で上映されたと反論しましたが、特定の者しか見られない社内試写では公表されたことにならないとされました。

 公開中止による損害賠償や名誉毀損については認められませんでしたが、脚本の公表権侵害による損害賠償として、各30万円が認められました。

東京地裁令和4年7月29日
令和2年(ワ)第22324号 損害賠償等請求事件


概要

  1. 当事者

    • 原告X1:映画の脚本、監督、主演を担当。

    • 原告X2:共同脚本を担当。

    • 被告新潮社:出版社。

    • 被告大藏映画、被告オーピー映画:映画制作・配給会社。

  2. 著作権の譲渡

    • 原告X1は被告オーピー映画に映画の著作権を譲渡。

    • その後、被告オーピー映画は映画の著作権を被告大藏映画に譲渡。

  3. 本件映画の公開中止

    • 被告大藏映画は、本件映画の公開中止を決定し、それ以降上映されていない。

  4. 記事の掲載

    • 週刊新潮2018年3月8日号に掲載された記事の記載内容について、名誉毀損の成否が争点。

    • 記事には脚本の引用が含まれる。

  5. 映像データの廃棄

    • 被告大藏映画らは、映画の完成作品その他の映像素材のデータを廃棄。

  6. 脚本の著作権

    • 原告らは脚本の共有著作権を有している。

争点

争点1(名誉毀損)

  • 争点1-1(本件記載1)

    • 原告の主張

      • 原告らは、映画の登場人物が昭和天皇をモデルにしていると述べたことはない。

      • 記事は「不敬映画」と映画を断定し、社会的評価を低下させる。

  • 争点1-2(本件記載2)

    • 原告X1の主張

      • 原告X1が不敬な意図を持って映画を制作したと摘示し、社会的評価を低下させる。

    • 被告新潮社の主張

      • 不敬という評価は、評論として許される範囲内。

  • 争点1-3(本件記載3)

    • 原告X1の主張

      • 原告X1が反対を押し切って映画を制作したと誤解させ、社会的評価を低下させる。

    • 被告新潮社の主張

      • 客観的な事実を摘示したもの。

  • 争点1-4(本件記載4)

    • 原告X1の主張

      • 原告X1が映画の公開延期を了承し、謝罪した事実を摘示し、社会的評価を低下させる。

    • 被告新潮社の主張

      • 公開延期の過程を説明しているにすぎない。

争点2(違法性阻却事由)、争点3(謝罪広告の掲載)

争点4(公表権侵害)

  • 原告らの主張

    • 記事は原告らの同意なく脚本を引用し、著作者人格権(公表権)を侵害。

  • 被告新潮社の主張

    • 試写会が行われており、脚本は公表されている。公表について原告らの同意もあった。

争点5(期待権侵害)

  • 原告X1の主張

    • 映画の公開に対する合理的な期待が侵害された。公開中止の決定は、説明や協議が不十分。

  • 被告大藏映画らの主張

    • 公開中止の決定には正当な理由があり、原告X1も納得していた。映画の公開・上映権は著作権者が独自に決定できる。

争点6(人格権侵害)

  • 原告X1の主張

    • 映画が原告X1の唯一無二の作品であり、そのデータを廃棄することは人格権の侵害。

  • 被告大藏映画らの主張

    • 著作権者としての正当な権利行使。

争点7(著作権の帰属)

  • 原告らの主張

    • 著作権譲渡契約は信義則上の義務違反で解除されており、著作権は原告X1に帰属。

争点8(損害額)

  • 原告らの主張

    • 名誉毀損、公表権侵害、期待権侵害、人格権侵害による損害を主張。

裁判所の判断

争点1: 名誉毀損の判断枠組み

  1. 名誉毀損の定義:

    • 名誉毀損: 人の社会的評価を低下させること。

    • 一般の読者の普通の注意と読み方を基準に判断。

    • 事実の摘示と意見・論評の区別が必要。

  2. 事実部分:

    • 公共の利害に関する事実で、公益目的がある場合、重要な部分が真実なら違法性なし。

    • 真実でない場合でも、真実と信じる相当な理由があれば、故意・過失が否定される。

  3. 意見・論評部分:

    • 公共の利害に関する事実で、公益目的がある場合、重要な部分が真実なら違法性なし。

    • 人身攻撃に及ぶなど、意見・論評としての域を逸脱していない限り、違法性なし。

    • 真実でない場合でも、真実と信じる相当な理由があれば、故意・過失が否定される。

本件記載1

  1. 名誉毀損の成否:

    • 摘示事実: 映画が昭和天皇をモデルとしたピンク映画であること。

    • 意見・論評: 映画は不敬で、制作自体が許されないとの意見。

  2. 判断:

    • 事実部分: 社会的評価を低下させない。

    • 意見部分: 社会的評価を低下させる。

      • しかし、公共の利害に関する事実で公益目的があるため、違法性が阻却される。

本件記載2

  1. 名誉毀損の成否:

    • 摘示事実: 制作サイドが思想的な意図を否定し、原告X1が取材に応じなかったこと。

  2. 判断:

    • 原告X1が不敬思想を持っていたことを断定するものではなく、社会的評価は低下しない。

本件記載3

  1. 名誉毀損の成否:

    • 摘示事実: 原告X1が昭和天皇をイメージした映画を制作しないように伝えられていたが、結果的に昭和天皇を想起させる映画を作成した事実。

  2. 判断:

    • 業界関係者の話を伝えるもので、具体的な制作過程の記載がないため、社会的評価は低下しない。

    • 担当記者が事実確認を行っており、真実性がある。

本件記載4

  1. 名誉毀損の成否:

    • 摘示事実: 原告X1が公開延期を了承し、謝罪した事実。

  2. 判断:

    • 被告大藏映画の社長が劇場支配人から聞いた事実を伝えるもので、社会的評価は低下しない。

争点4: 公表権侵害

  1. 映画の公表と脚本の公表:

    • 映画は試写会で上映されたが、参加者が特定少数者で、公衆に提示されたものではなく、脚本は公表されていない。

    • 脚本を週刊誌に掲載する行為は公表権を侵害する。

争点5: 期待権侵害

  • 原告X1は映画の著作権を譲渡している。公開を期待する権利は事実上のもので、法律上保護される利益ではない。

争点6: 人格権侵害

  • 著作権者またはその許諾を得た者のみが映画を利用できる。人格権侵害の具体的な立証がない。

争点7: 本件映画の著作権の帰属

  • 被告には、公開中止や延期の際に十分な説明と協議を行うといった信義則上の義務は認められない。信義則上の義務違反による解除という原告の主張は認められない。

争点8: 損害額

  • 脚本の公表権侵害による精神的苦痛に対する慰謝料として各30万円。

結論

  • 判決: 原告らの請求は各30万円の限度で一部認容。

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