a 小説

「お前、言いたいこと言ってる? いつも苦虫噛んだような顔して、口を摘むんで、息飲み込んでる感じで、言いたいこと我慢してるんじゃねえ」
淳が、もう氷しか残ってないアイスコーヒーのグラスに刺さった紙のストローをクチャクチャ噛みながら、俺の顔を見た。
俺は何か言おうとして、でも何も言葉が出てこないで、なんだか少し口悔しくて、
「別にぃ」
と言い返したら、
「それだよ、それ」
と、ストローを相変わらず咥えながら、淳は、俺を見透かしているように上目遣いで見た。
「お前さ、ちゃんとなんでもいいから、言えよ。言葉喋ってみろよ。見てるとイライラするぜ。その、何ていうの、死んだ感じ。いまどき、AIの方が気持ちこもったセリフというか、回答を返してくるぜ」

「うっせえなあ」
俺はそういうのが精一杯だった。

自分の胸が詰まって板のように硬くなっているのはなんとなく感じていたが、淳の言葉で、その硬さをはっきりと自覚したし、同時に、何かを守るようにさらに硬くなっていくのを感じていた。

俺が自分自身にさえ、自分を語らなくなったのはいつからなんだろう。

淳が、笑った。
「カラオケ行くか」

一瞬、カラオケで歌っている自分を想像した。
大声で叫んで、気持ちよく歌ってる自分、淳と肩組んで楽しく歌ってる自分が思い出されたけど、結局、いまの自分に舞い戻ってくるいつもの未来も思い返された。何度も何度も繰り返してきたループが見えた。

「今日はやめとくわ」

チッと淳は舌打ちして、ズルッとアイスコーヒーのストローを吸った。氷がカチッと音を立てた。

「お前さ、考えすぎじゃないの。どんなに考えても、未来は開けないぜ」
淳は、ポケットからアメリカンスピリットの黄色い箱を取り出し、タバコを一本、徐に摘んだ。
「吸う?」
喫煙可の喫茶店で、客はほとんどが喫煙者だが、独り客で、黙々とタバコをふかしていた。

一瞬、迷ったが、
「吸う」
と言って、ニヤニヤ笑う淳からタバコをもらい、火をつけて、大きく吸い込み、口からふうっと煙を吐き出した。
喉がかすかに染みて、肺がちくちくっとした。久しぶりの感じだ。
頭がぼんやりした。

淳もタバコを一服ふかすと、喋り始めた。

「俺たち、昔はよく喋ってたな。くだらないことが一番多くて、何、喋ってたか、ほとんど覚えてないけど、とにかく喋ってた。とうちゃんや母ちゃんの悪口、兄弟の悪口、先生の悪口、TVのつまんなさ、ネットのつまんなさ、まわりの奴らのつまんなさ、とにかく喋ってた」

確かに昔はなんだか心に思いついたままの言葉をそのまま喋っていたような気がした。

「俺、どうしちゃったんだろう」

ふうっと、言葉が出たら、淳が嬉しそうに笑った。

「だろ、お前、どうしちゃったんだよ」

俺も急に笑い出したくなった。

「な、俺!」

淳が俺を指差しながや、吹き出した。俺もつられて笑い出した。

「馬鹿野郎」
「な、俺、馬鹿だな」

昔の感じを思い出していた。胸の痛みも、笑いと共に吹き飛んだ感じで。
そしたら急に苦しさが胸のうちから溢れてきた。




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