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水辺のビッカと月の庭 十五 キルカの眠り I

灯りを発する建物らしき物が次第にはっきりと見えてくる。ビッカは立ち止まる。目にするものは交番でもない消防器具の置き場でもない。
「風変わりな形だね」ムンカは感心する。
展望台のドームの形をしている。
「あれなんだ」ビッカはヒロムに尋ねる。
黄土色の土が丸く盛られた造りだ。
「土のおできみたい」ぼそっとヒロムがつぶやく。
「交番ではないよね」ムンカが言う。
「人が住んでるとは思えないな」ビッカも言う。
しかし窓らしき穴からは光が漏れでている。
「ここで待ってて見てくるから」
ムンカはじっとしていられなかった。
スルスルと音もたてず近よっていく。ドームの壁面に這いつきこっそりと窓からのぞいてみる。
その動きを見ているヒロムが言う。
「ムンカってヤモリなの。動きが素早いね」
ビッカは目玉を左右逆に回しながら首をぶるるっと横にふる。
ムンカは素早く部屋の中を見まわす。室内は土壁がむきだしだ。調度品らしいものはほとんどない。あるのは姿見と背もたれのついた椅子。そして土でできたベッドだ。三つとも小さな部屋には不釣り合いなくらい大きい。
ムンカは目をこらして椅子を見つめる。部屋を照らす灯りは椅子の向こうからさしている。背もたれが高いので何がいるのか見えない。ムンカは身じろぎもしないで待つ。

ムンカの様子をビッカは離れたところから見ている。ムンカに動きがない。ビッカの背中で背負われたヒロムはじりじりしている。
「ムンカって我慢強いね」
「そうかもな。それに遠くも見ているよ」とビッカは答える。
「目が良いんだ。でもビッカの方が目が大きよね」
ビッカは目玉を回しながら言う。
「視力の話じゃないよ」
ヒロムはきょとんとする。
「考えるのは毎日ブランコのことばかりだね。寝ても覚めてもブランコ」
ビッカは淡々とした口調で言う。背中でヒロムは重くなる。

ドームの壁にはりついたムンカは息をひそめる。
椅子がゆっくりと回転してそれが姿を見せた。
目にしたムンカはでかけた声をおしころす。
ぴょんと窓をとびのいて急いで駆けもどる。
「ビッカ、ビッカ、ビッカ」
「あわててどうした」
「ビッカ、もしかして兄弟がいる?」
「どういうことだ?」
ビッカは少し考え込む。
「ビッカにそっくりだよ」
「だれが?」
「あの中にいるんだよ、ビッカより体の大きなビッカが」
ビッカは目玉を回転させる。背中から降りたヒロムは尋ねる。
「ビッカには兄弟はいるよね?」
「居ない筈がない。でも居ても兄弟だとはわからない」
ビッカは目玉を上下に動かしながら言う。
「あそこにビッカがもう一人いるよ」ムンカは言う。
「まさかそんなはずはない」
やりとりを聞いていたヒロムは顔を上げる。
「ぼくもちょっと行って見てくるよ」
ヒロムは言い終わらないうちに去るように走っていく。
ビッカは止めようとするが間に合わない。
ビッカとムンカは後ろ姿を見送る。
「どうかしたの? 何かあったの?」
ムンカは首をひねる。
「気に障ることを言ってしまったかも」
ムンカは問いつめるような目でビッカを見る。ビッカの目は赤くなる。
「ビッカと同じで目が赤いんだ」
「なにが?」
「だからあの中にいたんだよ」
「泣きはらしたんじゃないか」
「からだも金色だった」
「そういう種類なんだろ」
見てきたことをうち消されてムンカは不機嫌になる。
「ほんとうだって、見にいこう」
ムンカはすたすた歩く。ヒロムが気になるビッカもついて行く。
「今明かりが消えたぞ」
ビッカは叫ぶ。
「おかしいね。窓があって中が見えたんだ」
ビッカとムンカは早足に急ぐ。
「近よっているのに小さくなってるぞ」
ドームが頂上の部分だけを残す小高い膨らみになっている。ムンカはその周囲をひと回りする。ビッカはじっとドームの名残りを見る。
「窓なんて無いぞ」
「ヒロムが閉じ込められちゃったよ」
ビッカとムンカは途方に暮れる。

ヒロムは急いで駆ける。気になるとすぐ行動にうつしてしまう。
背伸びしてまるい窓から中をそっと覗きこむ。土のベッドの上には黄緑色したパジャマがきれいにたたまれている。大きな椅子は背もたれが高く、あちら側を向いている。にぶい金色の光はそこから発していた。小刻みに揺れているうちに椅子がクルリと回転する。現れたそれの顔はビッカの顔に似ている。ムンカが言ったとおりだ。目は大きくて赤い。ビッカの充血したような赤とは違って見える。太くて短い首には蝶ネクタイ。頭にはナイトキャップ。たった今起きたのかこれから眠るのか妙ちくりんな格好だ。
それは椅子からおもむろに立ちあがる。のっそりと歩いて姿見の前に立つ。ビッカよりずっと大きい。口を開け大きな伸びをする。口もまた大きい。次に腹を膨らませたり前足をしげしげと見たり、短い首を何とか後ろに回して背中を見たりといろんなポーズをとる。背中を見ようと首を回すのに悪戦苦闘している。 ヒロムはそのしぐさがおかしくて思わず吹きだしそうになる。からだ全体は金色とこげ茶の水玉だ。玉といってもまん丸でない。形が崩れていて全身がマダラなのだ。金色とこげ茶の境が光りながら変化している。それは深くため息をつく。確認が終わると大股で部屋を行ったり来たりと忙しい。
ヒロムは自分が姿見の端っこに映っているのに気がつかなかった。
窓の反対側からピョンと窓まで移動してヌーッとヒロムの顔を覗きこむ。長い舌でペロリとほおを舐める。そのまま部屋の中に引きずりこむ。

続く

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