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ワライ屋キャリー お笑い芸人を目指す若者

 今日最初の客はお笑い芸人を目指す若者。
午後から初めてのライブがあるとか。
「あんまりネタを考え過ぎて練習し過ぎて何が可笑しいんだかさっぱりわからなくなって。師匠に顔が怖い、引きつってる、リラックスしろと言われてもできないし、夕べは全然眠れなくて・・」
「ハイハイ了解了解。大丈夫。
私が気持ちよーく送り出してあげるから」
「お願いします、よろしくお願いします。
僕の一生がかかってるんです」
「僕」はアタシの手を握ってすがりついた。
ちょっとやめてよ。
失敗したって大したことないって。
アタシなんか何度失敗したよ。
てか大女優目指すって成功してないからこんな商売してんのか。
「じゃあいいよ始めて」
アタシは椅子に腰掛け「僕」が出て来るのを待つ。
「ハイどうもー」
ふらついた足で手を叩きながら「僕」は袖、のつもりの洗面所からでてきた。
震えながら客に見立てたアタシの前でネタをやる。
アタシは「僕」が笑って欲しいところで間髪入れずに笑う。
アタシ、プロ。
抽斗に一万通りの笑い方を持っている。
泣きながら笑うってのもある。
怒りながらも。
何しろ大女優・・
でもちょっと待って。
今日はどうしたのかな。
全然笑えない。
「僕」のネタは予想どおり、いいや予想以上に面白くない。
けど、いつもならなおのことファイトが沸いて「いい笑い」を「僕」にあげるのに。辛くって見てらんない。
「ありがとうございましたぁ」
ぶっ倒れそうになりながらお辞儀した頭を上げて「僕」はアタシを見た。
アタシは一瞬凍った。やっばい、失態、失敗、サイアク。
「ありがとうございました。ライブ頑張れそうです。一万円でしたよね」と「僕」は封筒を差し出した。
「え、ああ、いやあ。いらないいらない。だって全然笑えな、あごめんホントごめんね、アタシ今日体調悪いの、そう頭痛くってさ」
「いいんですよ」
「僕」はさっきとはトーンの違う落ち着いた声で言った。
「これからオーディションなんです。お笑い芸人を目指す全然笑えない若者の役。だからこれが仕上げ。オーディション頑張れそうです。ありがとう」
 アタシ、ワライ屋キャリー。
お代はキッチリ頂きます。

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