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家電の音と冷蔵庫とシャービックと東郷青児の絵

 冷蔵庫に入れたはずのチーズが見つからない。おかしいな。
しつこく探していると早く閉めろとブザーが鳴った。
今はなんでも家電が鳴る。
音が似すぎているから何が鳴ったのかわからなくなる事さえある。
「えー、アタシ洗濯機ですけどね。洗いがおわっちまったんですよ。その先どういたします?」

 冷蔵庫を覗いているとブザーが鳴った。
私が子供の頃、冷蔵庫は無口だった。
暑い夏の日、子供だった私は冷蔵庫を開け顔を突っ込んでしばらく涼んだ。
麦茶と間違えて飲んでしまった素麺のつゆ。入れてあったプラスチックの容器を見るとそれ以来、鳥肌が立つようになった。
ゼリエース、シャービック、ハウスプリン。
母がおやつに、と作って冷蔵庫に入れてくれていた。中でもちょっと凍ったプリンが好きだった。
冷蔵庫のある部屋には東郷青児の絵が飾ってあった。あの頃は木彫りの熊と並んで、どこのうちにもあったのではないだろうか。青白い女性が怪しい雰囲気で描かれていて、見たらしばらく目を逸らせなかった。

 長い間、冷蔵庫と一緒の部屋に住んでいた。
実は今もそうだ。
今は全然良くなったが、以前は冷蔵庫は熱かった。
特に夏は狭い部屋で冷蔵庫と一緒なのは辛かった。
それでも扉だけはひんやりと冷たく、暑さで火照った頬を当てた。
そしてまた、冷蔵庫はとてもうるさかった。
真夜中、ウィーンとねじれた音を、チョロチョロと水の音を、ぐわんぐわんと鼓膜を揺らす音を出した。
一人暮らしの部屋にまるでお喋りなルームメイトがいるような気さえした。
「ちょっと、少し黙っててよ」
と言っても通じないけれど。

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