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短編「新年あけましておめでとう紙芝居屋さん始めました」

 一年の計は元旦にあり。
今日から犬と車に乗って紙芝居屋さんをやることにした。何かやらねばとずっと頭をひねって首がつるほど悩んだ結果。「私、紙芝居やるから」と発表した。

 移住した田舎には仕事がなかった。そんなことも調べもせず能天気な私たち夫婦は殆どノリで移住した。
ないなら作ればいいじゃない。果たしてまたノリのような私に「車は絶対貸さない」と言ってダンナは強く抵抗した。
「近所の噂になるからやめて」と言う。噂じゃなくて大評判になるんだよ。
 私が知る限りの偉人たちの名言と言葉を尽くしてもダンナの説得には至らなかった。なので無視してやる事にした。偉業を成し遂げた偉人たちも最初はまわりの強い反対にあったではないか。

 まずは地元の公民館の駐車場へ行く。
ここはいつも空いていてイベントをやるのにはいいな、と思っていた。さらに輪をかけて元旦の公民館の駐車場には誰もいない。
SNSで予告すべきだったか。許可は取ってないからそれはまずい。
犬は客引きになると連れて来たが寒いと見えて車から出て来ない。

 とにかく始めちゃおう。
やっていれば誰か気がついて来てくれるだろう。
近くの消防団から借りて来た拍子木を打つ。
晴れ渡った真っ青な空に響き渡って、ひとっこ一人いない駐車場はますます寒々しい感じがした。

「時は2099年12月のこと、、」
紙芝居にはちょっと複雑だったかもしれない自作のSFを大きな声で語っていると、父親らしき男性の手を引いて男の子がやって来た。
少し離れたところからじっとこちらを見ている。
「坊やこっちにおいで。もっと近くで見なよ」
男の子は今度は父親に手を引かれて恥ずかしそうにやって来た。
 観客がいるといないとでは大違いだ。
さっきまで寒くてしょうがなかったのに、語りに熱が入っポカポカしてきた。マスクに唾が飛ぶほどに熱くなっていると、どこから来たのかいつの間にかぐるり親子連れに囲まれていた。

 紙芝居が終わると拍手がパラパラ起こった。
「さあ、特製手作りあんこのどら焼きはどうかな。ひとつ百円」
 あんなに反対していたダンナが大晦日の夜から小豆を煮てどら焼きを作ってくれた。
 私が子供のころ紙芝居で売っていたのは、割り箸につけた水飴をうすーいお煎餅ではさんで団扇の様にしたお菓子だった。
それに代わる何かおやつを売りたい、と思ったとき、料理上手のダンナの、誰もが美味しいと言うあんこを思い出しどら焼きを作ってもらう事にした。私にも誰もが美味しいと言う得意料理がないわけではない。ただ、それは卵焼きで、かつて自分で作って自分で食中毒になった事を思い出しやめた。

 コトコト小豆を煮る。
つけっぱなしのテレビはニュースが終わって紅白歌合戦からゆく年くる年になった。小豆はあんこになり、キッチンにご来光が差し込む中であんこは生地にはさまれ、どら焼きになった。
朝霜の降りた庭を眺めながら、出来立てのどら焼きをふたりで頬張る。
美味しい。あったかい。どら焼き作ってくれてありがとう。
心まであったかになった。紙芝居屋はもう大成功だ。

 「二つください」
いちばん最初に来てくれた親子だった。
「ありがとう。紙芝居面白かった?」
どら焼きの包みを渡すと男の子が
「ねえねえ、どの人がオヤジライダーなの?」
紙芝居の絵を指差して言った。
「全部だよ」
オヤジライダー。世紀末の地球を救うヒーロー。
私の紙芝居の絵は全部がオヤジライダーだ。絵を描くのが面倒くさかったからその他は描かずに声色を変えて芝居で補った。
絵にはムラがあり、乗っている時に描いた絵は紙が破けんばかりの勢いのあるオヤジライダー。なんだか停滞気味の日は戦闘シーンだというのに、元気のないぼんやりしたオヤジライダーになった。
「だってコレとコレ違うよ」
男の子は食い下がって同じオヤジライダーとは思えない人物を指差して言った。
「あのね。人間は1秒たりとも同じ人間ではないの。だからさっきのオヤジライダーは今のオヤジライダーと同じだけど同じでないの」
「えー、だって」
大人の都合のいい、もっともらしい怪しい言い訳にさらに男の子がツッコミを入れそうになったところで父親が、
「さあ帰ろ」と男の子の手を引いて行った。
「ありがとうございました」

 どら焼きは完売した。たくさん「美味しい」をもらった。
ダンナはさぞかし喜ぶだろう。
課題も浮き彫りになった。
せめて主人公はいつも同じ顔に見えるよう練習しよう。



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