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短編 「カラスの遺言書」

 ある朝、目が覚めるとオレはカラスになっていた。
その日からオレはずっとカラスで、今朝目が覚めた時もそれは変わらなかった。
今朝もまた仲間のカラスたちが朝メシにありつける場所について情報交換している。仲間のカラスによれば、ゴミの詰め過ぎで袋が破け中の残飯が路上に散らばっている場所があるらしい。
腹が減った。オレもとりあえずそこへ行ってみることにした。
 月曜の朝はゴミ収集車の到着が遅い。
休日明けての月曜日は普段よりも回収するゴミが多く、交通量も多いからだ。カラスにとっては好都合だ。
着地する場所を探しながら飛んでいると、すでにそこは戦場と化していて辺り一面に生ゴミが散乱している。まだ肉がたっぷり残ったフライドチキンの骨、宅配の箱にそのままの食べかけのピザ。人間が食べ切れず残した残飯を巡って争うカラスの声が遠くからでもオレの耳に聞こえてきた。
やめた、やめた。
今からじゃあ大した量にありつけないどころか、殺気だった仲間の爪と嘴の餌食になるだけだ。
高度を上げてその場を去ろうとした時、ある女に目がとまった。
女はオレを見上げていた。じっとこちらを睨んでいる。
いや違う。
オレの事など見ていなかった。その目は何も映していなかった。
目には涙があった。
女にオレは見覚えがあった。
トモコ。
トモコだ。オレの妻トモコ。
「トモコ、トモコ」
オレは叫んだ。オレは狂ったように何度も何度も「トモコ」と叫んだ。オレはトモコの頭上ギリギリまで下降してトモコの名を呼んだ。トモコにはただ、カアカアと聞こえることすら忘れて。
その時だ。持っていたカバンを振り回してトモコは叫んだ。
「きゃあああ。あっち行って。やめて、あっち行け」
危うくオレはカバンでぶたれるところだった。
と、カバンからイヤな匂いがした。その匂いにオレは覚えがあった。あのカバンは冠婚葬祭用だった。滅多に使わないからと虫除けと共にクローゼットの奥に仕舞い込まれていたものだ。
オレの目から涙がこぼれ落ちた。
 オレは思い出してしまった。
それはオレがまだ人間で、突然亡くなった友人の早過ぎる葬式にトモコとふたりで参列した帰り道の事だ。
葬式は盛大だった。葬儀社が全て取り仕切っていてアイツを紹介するナレーションやらお経をあげる坊主の入退場まで、何から何まで段取りが組まれていた。式はつつがなく終わり、誰もが突然の事に予定を狂わされることのないよう配慮されていた。
学生時代からの友人であるアイツの事を思うとこれがとてもアイツの葬式だとは思えない、アイツとはほど遠いものに感じられた。
アイツの葬式にアイツは不在だった。
「オレが死んだら葬式とか、しないでいいよ」オレはトモコに言った。
「仏壇とかさ、そういうのもさ、オレと違うって言うか。だいいち信じてないのに死んだら仏教って何だよ」
トモコは困った様な顔で言った。
「私もね、自分はお葬式とかしなくていいなって思うけど。でもあなたが死んであなたの友だちが手を合わせたい、って言ったらどうするの?本人が何もするな、仏壇もいらない、って言ってましたから、って私がいちいち説明するの?あなたは潔くってオレらしいって事なのかもしれないけど。イヤよ、自分で言って」
憤慨しているトモコを前にオレは考えた。
オレが死んでもオレらしいと思ってもらえる何か。カッコよくってみんなの心に残る何か、、
その時ふと鳥が飛んでいるのが見えた。
「そうだ。手紙を書いておくよ。オレが死んだら友達みんなにそれを送ってくれ。文面はこうだ。

『オレは死んで鳥になった。
オレが死んだあとお前が空を見上げて最初に目にした鳥がオレだ。
ありがとう。
さようなら』
(了)


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