【シリーズ:入管の数字マジック?】Vol.2 日本は結構頑張って保護してますアピール?〜「庇護率」水増し問題〜
このシリーズは、現在、国会に提出されている入管法改正法案の審理の前提となる数字、統計が入管から提出されておらず、採決が強行されたことに危機感を持って、書き始めたものです。
賛成派にも、反対派にも利益のある話です。命のかかった大切な法案だからこそ、吟味されるべきです。
1 法案賛成派の意見から
前回も紹介した、法案賛成派に良く見られる意見。
今回は、この意見のうち「保護されるべき人は3回も審査すれば、さすがに保護されるから」部分について、取り上げます。入管は、本当に保護されるべき人を、保護しているのでしょうか?
2 5月2日放送の「報道1930」での宮崎政久議員の「飛行機」発言
アーカイブは終わってしまいましたが、SNSでも話題になっていた、5月2日放送のBS-TBSの「報道1930」。
自民党の法務委員長宮崎政久議員が、日本の難民認定率の低さを指摘されての発言が問題になりました。
私の言葉で善解すると、
・日本は島国なので、紛争地帯と陸続きの国とは違って、そもそも日本に逃げてくる難民の母数が少ないので、認定率が低いのだ
ということなのですが、「日本は島国であるから航空機に乗ってこないといけない」「ヨーロッパと諸国、例えば歩いて避難してくる皆さんの映像がニュースとかで出てくるが、そういうところと違いがある」と言ったものだから、
「飛行機に乗ってくる人は難民ではないというのは、ただのイメージ」とその見識のなさを指摘された上、
「同じく紛争地から遠い、オーストラリア、イギリス、米国と比較しても、日本の難民認定率の低さが際立っている」
と論破される形になりました。
3 難民「認定率」と「庇護率」は違う? 〜入管の「結構頑張って保護しています」アピール〜
始めからすっかり脱線してしまいましたが、ここからが、数字の話です。
この番組で議論の間、スクリーンに映されていた「難民認定率・庇護(ひご)率の各国比較(1次審査・2021年)」という表*1です。
再現してみるとこんな感じでした。(こう見ると、よく比較に出されるカナダはなかったのですね。)
本来、難民認定の話をしているので、純粋に難民認定率を比べたら良いのではないかと思うのですが、ここで敢えて「庇護率」なるふわっとしたワードが追加されていることに、注意しなければいけません。
なるほど、この表を見ると、
日本の「庇護率」は、他国と比べてそう劣っていない。2022年に至っては、オーストラリアやアメリカよりも高い率だ!
と思ってしまいそうです。
入管や一部参考人は、2021年の入管法改正案(廃案)の審議で「庇護率」なる言葉を強調しました。
曰く、「庇護率」というのは、難民申請者数における、難民認定者と難民とは認定しなかったものの人道的な配慮を理由に在留を認められた者を合わせた数字の割合。
制度に関する補足をします。
日本では、難民認定されない場合でも、人道的な理由(難民とまで言えなくても帰れない事情があるとか、日本人の配偶者がいる等)で、特別に在留が許可される場合があります(以下「人道配慮」と呼びます。)。
上の表で言うと、日本の場合「人道的庇護(ひご)等」のところに出ている数字が、人道配慮の人数です。
結局日本にいられるわけだからいいじゃん、と思うかもしれませんが、
そもそも難民条約加盟国である限り、迫害を受ける可能性がある人は、「難民」として認定・保護するのが、本道です。これは、国の義務なのです。
ところが、人道配慮するかどうかは、入管の自由です。国の義務ではなく、恩恵的な措置でしかない。それゆえ、概念的には、入管が途中で在留資格を打ち切って帰国させることもできる不安定な身分です。
また、日本では、難民として保護された場合の待遇と人道配慮の場合の待遇が異なり、難民として認定される方が、断然メリットがあります。*2
上の表では、各国の「庇護率」を比べていますが、その元になった「人道的庇護等」の数字にも注意する必要があります。
難民条約上の定義では難民と認定できないけれど、国際的な保護を受けるべき人はいます。そういう人々を保護する方法として、「補完的保護」という概念があり、*3
上の表の日本以外の国の「人道的庇護等」の中には、補完的保護を受けた人が含まれるのですが、日本には、補完的保護について定めた法律はなく、人道配慮の数を、他国の補完的保護された数と同列に扱って良いかが疑問視されています。
結局、上の表の「庇護率」なる数字は、入管が、「結構難民の保護、頑張ってますアピール」をするためにわざわざ作り出した、見せかけの数字なのです。
4 入管の数字マジック?を考える〜「庇護率」水増し問題〜
3まで読んで、今日はここで終わりかと思った方もいらっしゃったかもしれませんが、入管を甘く見てはいけません。
入管は、この見せかけの数字である「庇護率」を、さらに「水増し」しています。
上の表で、日本の「庇護率」は、2021年が10.4%、2022年%は29.8%と、約3倍になっています。
入管が心を改めて難民の保護を始めたからでしょうか。
入管が発表した2022年の「人道的配慮を理由に在留を認めたもの」は、
1760人(上の表の2022年の庇護率29.8%の根拠になる数字)。
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/07_00035.html
このプレスリリースだけを読んでも分からないのですが、添付資料には、1760人中、1682人はミャンマー人であると、さらっと述べられています。
残りは、たったの…1760人ー1682人=78人 です。
2022年前後に何が起きたか。
2021年2月、ミャンマーの軍部のクーデターが起こり、民主化を希望する市民への凄惨な弾圧が始まりました。
現在でも、その情勢が改善される見通しは立っていません。
日本政府は、2021年7月から、ミャンマーにおける情勢不安を理由に、日本に在留したいミャンマー人に対する「緊急避難措置」を開始し、特別に在留資格(特定活動という名前の資格で、支援者界隈では、通称「ミャンマー特活(とっかつ)」と呼んでいる人もいるので、以下「ミャンマー特活」と言います。)を与えて、就労の許可をしています。
このことについて、私が以上の状況を踏まえ、庇護率の「水増し」と表現した理由は、3つあります。
まず、1760人という数字は、ミャンマーの政情悪化という「特殊事情」によってもたらされた数字であって、一般化ができないということ。*4
入管のベースの方針が、本当に世界水準に近づいたことを示すには、特殊事情は排除して過去と比較し、検証する必要があるでしょう。
また、1682人のミャンマー人の中には、難民の手続きで人道配慮を受けた人と、ミャンマー特活の人が含まれているのですが、その内訳が不明です。
人道配慮とミャンマー特活の違いは、後者があくまで緊急措置であって、ミャンマーの情勢が落ち着けば、解除されてしまう可能性がある、不安定な保護に過ぎないというところにあります。
どんな状態になれば情勢が落ち着いたと考えるのか?
そう、決めるのは全部入管です。
さらに加えると、一部の「ミャンマー特活」と「人道配慮」との間に待遇の差(在留期間の長さや働くことができる時間数の制限)があることです。
「ミャンマー特活」の種類は2つあり、人道配慮と同待遇のものと、待遇の劣るものがあります。
「待遇の劣るミャンマー特活」は、日本に在留できると言っても、留学生のアルバイトのレベルの時間数しか働くことが許されず、生活を成り立たせることが非常に困難なのが、実態です。
一度、整理しましょう。入管が明らかにしていない数字は、以下の2つです。
入管は、人道的配慮を理由に在留を認めたミャンマー人1682人の内、
ミャンマー特活(情勢不安を理由としているので、情勢不安が落ち着けば帰国させられる。)が何人含まれているかについて、内訳を明らかにしていません。
また、入管は、1682人のうち、何人が「待遇の劣るミャンマー特活」なのかも、公表していません。
つまり、十分な保護が受けられていない、差し引くべき数字が分からないままなのです。
二重、三重に「水増し」された数字であることが、お分かり頂けると思います。
5 最後に〜もうごまかせない、日本の難民審査の実態〜
いかがでしたか。
日本の難民認定のあり方は、国内外から批判を受けてきました。
入管はそれらの批判を、真正面から捉えるのではなく、特殊事情を上手く使って、「庇護率」の数字を上げ、まるで最近は頑張っているかのようにアピールをしています。
その目的は、あの入管法改悪法案を通すことに他なりません。
国会審議では、ぜひそれを明らかにして欲しいのです。
もう、ごまかせない、ごまかされない。
今回も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
※本記事も、高橋済弁護士に監修いただきました。ありがとうございました。
西山 温子
*1 難民審査には、「一次審査」の手続きと、不服申し立ての手続きである「審査請求」の2段階になっており、年度末に発表される難民認定、人道配慮の数は、両方の審査の結果が集計されています。
この表では、申請者数と難民認定数1次審査の数字ですが、人道配慮については総数(審査請求で認められたものも入っている)になっているので、そもそも正しい「庇護率」と言えるか、という問題もあります。
*2 難民認定される場合と、人道配慮の場合の主な待遇差は、次のとおりです。
在留期限 難民 5年(定住者)
人道配慮 1年(特定活動)
家族の呼び寄せ 難民 できる
人道配慮 できない
*3 「補完的保護」とは、難民条約上の難民には該当しないが、国際保護を必要とする者を保護し、かつ、そのような者に国内法上の地位を付与する法的枠組み」を指します。日本にはこれを定める法律はありません。詳しくは、下記をご覧下さい。
*4 2021年8月にアフガニスタンでタリバン政権が復権したことも「特殊事情」として、アフガン難民、アフガン人で人道配慮された人を差し引いて考えるべきという考え方もありますが、今回は単純化するため、ミャンマー特活だけを取り上げました。
上記、*1と*4についても反映した数字については、児玉晃一弁護士の下記記事をご覧ください。
※初掲載時、難民認定率と庇護率の表の数字に誤りがありましたので、訂正しました。大変失礼致しました(2023年5月15日追記)。
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