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鮮烈さはいらない『神様のケーキを頬張るまで/彩瀬まる』

好きな作家さんと出会えたとき、私の脳内にはラッパが鳴り響いて花吹雪が舞っている。
初めてその作家さんの小説を読むとき、はたしてこの人の作品は私にとってどんなだろう…どんな世界へ連れていってくれるのだろうという気持ちになる。
当たり、という言葉は下品だけれど今回初めて読んだ作家さんは間違いなく私好みの作風だった。
もっと彼女の作品に浸りたい。


ありふれた雑居ビルで繰り広げられるいくつもの人間模様。
シングルマザーのマッサージ師が踏み出す一歩、喘息持ちのカフェバー店長の恋、理想の男から逃れられないOLの決意……。思うようにいかないことばかりだけれど、かすかな光を求めてまた立ち上がる。もがき、傷つき、それでも前を向く人々の切実な思いが胸を震わせる、明日に向かうための五編の短編集。

光文社HP

今回は短編集なのだけれど人間のひりひりした生傷みたいな感情を抱えた人たちが出てくる。ままならない日常を過ごしながら、その塩水が猛烈に滲みてしまいそうな気持ちを抱えて何とか生きている。
特に劇的な事件が起こるわけでもない。猛烈なパワーがある人と出会うわけでもない。
そういう鮮烈さは一切ない。
それでも日々のなかで少しずつ自分の持つアンテナを少しだけ広く張ったり少しだけ今までと違う行動をしてみたりして、自分で乗り越えようとする生き様を描く。
読んでる人からしたら明快なカタルシスはほとんどないと思う。読んで登場人物の持つトラブルがすっきり解決して色んなことが上手くいき始めるような、そんなすっきりとした爽快感に満ちたストーリーが好みな人は綾瀬まるさんの作風は合わない気が…する。
だって読み終わっても登場人物たちが抱えているものは何も解決していないし、取り巻く事態が大きく好転しているわけでもない。
状況は何ら変わっていないのだ。
でも流れゆく日々のなかで自分の受けた悲しみや傷を忘れて、許していく。忘れよう、許そうという姿勢を保ちながら生きていく。
その忘れることや許すことを受け入れていくその姿に登場人物の芯の強さというか、生きていくことへの誠実さを感じる。

現実の世界でも悩みやトラブルは生きている限り生まれてしまうし、傷ついたり傷つけられたり、嫌な思いだってする。
軽いものならおいしいものを食べてお風呂に入ってゆっくり寝れば、翌日にはけろっとすることもできる。
でも長期的なことだったりセルフケアを頑張るだけじゃ解決しない、癒えないことがある。
この『神様のケーキを頬張るまで』を読むと、何も問題がないストレスフリーな人生ってなくて、自身の持つ傷や悲しみや苦悩に対して、それを受け入れていこうという気持ちを持ちながら生きていくことが大事なのだという気持ちになれる。生きていくってそういうことなんだろうなと思えるのだ。


ところでこの本の装丁、めちゃくちゃかわいくないですか…?
少女趣味なところがあるのでこういうの大好き~


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