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「A子さんの恋人」には私がいる

この秋に最終巻が発売予定の漫画「A子さんの恋人」を紹介したい。みんなで感想を語り合うのが面白そうな作品だから。

漫画家のA子さんには二人の恋人がいる。

学生の頃からの腐れ縁で、東京に残してきた、(というかきっぱり別れられず放っておいた)A太郎。

新天地ニューヨークで出会い、付き合い始めた翻訳家のA君(東京に戻ったA子と遠距離恋愛中)。

物語はこの二人の間であたふたするA子と、美大同期の友人であるK子とU子を中心に進む。

美大、翻訳家なんて縁遠いなぁと思った人も大丈夫。私も最初はおしゃれな設定に気後れした。

経歴や性別とかの属性がA子さんたちと違う人も、キャリアや才能、友達/恋人との関係にまつわる心の動きにどこか似たものが見いだせる作品だと思う。

色んな登場人物の中に少しずつ自分を見つけられる作品。

そして観光地ではなく生活圏としての東京とニューヨークを楽しめる作品でもある。

東京では画材屋さん、お花見スポット、商店街に釣り堀まで出てくる。NYでは美術館、お散歩コースなど。実在するお店や駅が出てくるので街歩きしている気分になれる。

自分に好意(らしきもの)を寄せる男性が海をまたいで二人いるA子さんだけれど、たぶん多くの人が想像する「恋愛物の漫画の主人公」とはちょっと違うと思う。

確かにA子さんはA太郎とA君(とその二人との記憶)の間で右往左往している。とはいえ広くモテるわけでも恋愛体質なわけでもなさそうなのだ。一人で淡々と生活してゆく人という印象。

そのせいかA子&A太郎&A君の三人も不思議と三角関係って感じがしない。A太郎もA君も煮え切らないA子さんの反応待ちをしつつ、一人でぐるぐる考えている時間が長い。

そもそもA子さんが恋人と過ごす時間は過去のエピソードとして出てくることがほとんどなのだ。

なので現在と過去を行き来する形で語られるA子さんたちの生活に派手な展開はほぼない。出来事だけ並べるととても地味な話だと思う。

けれど私にとってのこの作品の魅力は筋書きではなくて、登場人物それぞれの心の動きや視点、互いとの関係性なのだ。

美大同期であるA子K子U子の三人は一見すると付かず離れず、互いに正直で時々いじわるで、さっぱりとしている。ただK子やU子をメインにしたエピソードでは、それぞれのいつもと違う一面、心の内が明かされる。(私はU子ちゃんが海水浴の比喩を使ってみんなの関係性を説明する場面が特に印象的だった。)

恋愛物に興味がなかったとしても、恋愛、友情、憧れ、という一言では説明しきれない人間関係の話と捉えれば楽しく読める作品だと思う。誰かと親しくなること、親しい関係を維持すること、何より親しかった過去を見つめること。そういうことを考えながら読んだ。

不思議なことに私はA太郎(顔が整っていて人たらし)に共感することが多かった。経歴も外見も性別も違うのにね。

読み手によってどの人物のどんな一面に、自分や親しい人を見出すかは変わってくるだろうけど、「あーわかる、この感覚!」ってなる人は多いんではないでしょうか。

あと漫画の絵がきれい。背景や影や服の柄とかも、トーンなしで全部手書きで、その線がすっきりしていて美しい。余白の入れ方やコマわり、構図のお陰でとても読みやすいと思う。ストーリーを追うのに夢中になって読んだ後に、絵そのものを楽しむためにもう一度じっくりと眺めている。

まだ読んでいない方はこれからA子さんたちに出会えてすごくラッキーな漫画です。


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