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ケース10. プロスペクト理論〜不満を抑制するリテンション施策〜

▶︎なぜ組織崩壊は起きてしまうのか?

組織ではネガティブな話ほど広がりやすく、1人の退職がさまざまな問題に波及したり、信賞必罰への恐れが新しいチャレンジへの意欲の低下につながることがあるのではないでしょうか?

経営の視点:
・ポジティブな話よりネガティブな話が浸透しやすい
・退職が発生すると連鎖が起きやすい

現場の視点:
・チャンスよりも失敗を考えてしまう
・周囲の退職が起きると不安になる

組織に関する感度が高い人ほど、危険察知能力が高く、ロイヤリティが醸成される環境でなければ、エースメンバーの流出に繋がり、その不安の連鎖が退職の連鎖を生みやすくします。
そして、人材流出の影響により事業運営が滞ると負の循環による組織崩壊へと繋がってしまいます。
しかし、その不安の連鎖にはさまざまな憶測が飛び交い、合理性よりも主観的な判断が生じているとも考えられます。

そこで、不安の連鎖が生じる心理的なメカニズムをプロスペクト理論という損得を判断する理論に用いて考察します。

▶︎プロスペクト理論

人は損失を回避する傾向があり、状況によってその判断が変わるという意思決定に関する理論。
1979年に行動経済学者であるダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏によって提唱された。


A.何もせずに1万円を得られる
B.50%の確率で2万円を得られる
上記の2つの選択肢の中では、多くの人が確実性の高いAを選ぶ傾向にあり、

C.何もせずに1万円を支払う
D.50%の確率で2万円を支払う
上記の2つの選択肢の中では、多くの人が損しない可能性があるDを選ぶ傾向にあるとされており、得は少しだと確実にしたいが、損は不確実でも少しもしたくないとの心理が働くとの理論です。

プロスペクト理論では、下記の心理が作用します。

①損失回避性
:手に入れることよりも損をすることを回避する方を選ぶ「損はしたくない」との心理作用
②参照点依存性
:価値を絶対的ではなく相対的に判断する「〇〇と比べたら得/損かもしれない」との心理作用
③感応度逓減性
:同じ損失額でも、母数が大きくなるほど鈍感になる「大したことはない」との心理作用


マーケティングの領域で活用される理論ですが、人の意思決定における時間投資の観点で組織論としても援用できます。
例えば、損失回避性に着目すると失敗を恐れずに挑戦できる環境を考えることができたり、参照点依存性に着目すると目標設計と運用を考えることができます。
感応度逓減性に着目すると組織の拡大に応じて1人当たりの重要度が下がってしまう背景を考えることができます。

プロスペクト理論を援用すると、組織づくりの工夫は受け手の感じ方に配慮することが重要となりますが、「損はしたくない」との不安の連鎖を抑制し組織を活性化させるためには、どのような取り組みができるのでしょうか?

▶︎環境設計を通じて不満を予防する

アメリカの心理学者フレデリック・ハーズバーグ氏によって提唱された二要因理論では、仕事の不満に関わる衛生要因と、仕事の満足度に関わる動機付け要因によって、仕事への満足度が構成されるとされています。

動機付け要因に働きかけても衛生要因が満たされていなければ不満が残り、動機づけがされづらくなります。

衛生要因は、給与や労働条件、働き方、福利厚生、経営方針、職場の人間関係といった環境の設計に影響を受けます。

例えば、サイボウズでは、「100人いたら100通りの働き方」と多様なサポートを実施した結果、不満が抑制され退職率が28%から3%に低減されています。

そして、衛生要因は不満の解消には繋がってもモチベーション向上には影響しないとされてあり、自己成長や裁量、称賛を通じた動機づけ要因にもアプローチすること重要です。

Googleの20%ルールに代表されるように、職務において、好きな仕事の割合が一定あると困難なことがあっても乗り越えようとするとされています。

事業成長を目指す上では、メンバーの意欲を引き出そうと、動機づけ要因にばかり注意が払われやすいものですが、やりがい搾取となっていては、気付かぬ内に得られるものよりも損する部分ばかりに意識が囚われてしまうことがあるため、衛生要因にアプローチする環境設計は欠かせない要素と言えるでしょう。
また、参照点依存性を踏まえると、何と比較させるかで衛生要因の見え方は異なると考えられます。
環境への不満は共感を生みやすいことから、伝染しやすいことに注意が必要です。

▶︎エースプレイヤーのキャリア開発を入念に

ZOOMの創業者エリック・ヤンは現在は競合のWebExに新卒入社し、その後、M&Aされたシスコシステムズにて、スマホ向けのアプリを提案した際に相手にされなかったことが創業のきっかけになっています。
貴重なエースメンバーの不満が自社のサービスを打ち負かす競合を生むことになった事例の一つです。

パレードの法則で示されるようにエースメンバーの定着は重要となりますが、エースメンバーは自らの実績で掴み取れる報酬よりも、周囲からの特別感や成長機会に満たされる傾向があることを踏まえたアプローチがポイントになります。

学習のS字カーブにおいて、人の成長曲線はローンチポイントでは緩やかに、スイートスポットで急速に成長して、マスタリーポイントで鈍化するため、仕事のマンネリ化を防ぐには、次のS字カーブに飛び移るべきタイミングが重要と示唆されています。
エースメンバーは特に早期にマスタリーポイント到達した後にそ留まってしまうと成長実感を持てる機会がなくなっていき、特別感も味わえなくなることから、新しい挑戦機会を設けることが重要と考えられます。
エースメンバーの退職リスクは、現場のキャリアのロールモデルの欠如に繋がりやすく、「このまま会社でキャリアを歩んで損はしたくない」と不確実な未来に対する損失回避性を誘発しやすいものです。

ソフトバンクでは、部署異動を志願できる社内FA制度や社内公募のジョブポスティング制度といったキャリア開発機会を設けています。
成長を通じた事業や役割の多角化はリテンションのためにも有効と言えるでしょう。

また主体的にキャリアを意識づけしていくことも損失回避性の抑制に繋がるとも考えられます。
計画的偶発性理論に関する記事

▶︎人生の時間投資で損を感じさせない

成熟した組織、急成長をしていく組織、どちらにおいても、組織内にはさまざまな問題が生じます。
ネガティブな印象ほど「損はしたくない」との心理を働かせ、その不安が伝染しやすいことから、不安を抑制するための環境設計が重要となります。

しかし、本来は「早く行きたければ、一人で進め。 遠くまで行きたければ皆で進め」という言葉に表されるように、個人ではなく、組織に属する意義は、1人では成し遂げられないことに成し遂げるため、つまりは個人それぞれにおいてもリターンがあるからこそ時間を投資する価値があると言えます。

プロスペクト理論では、得よりも損の感情が助長されやすいとされていますが、周囲に惑わさて、感性的に悩むことは勿体ないはず。

『投資家みたいに生きろ』などお金や時間投資に関する著書を出されているレオス・キャピタルワークスの藤野 英人氏は、「投資とはエネルギーを投入して未来からお返しをいただくこと」と説いています。
損するリスクにも恐れずに、得をするために挑戦し続けていく姿勢こそが、損しないために大事なのではないでしょうか。

※本noteでは、人の可能性を拓く組織づくりのための新しい気付きを届けることを目的に、組織論とケースを考察していきます。
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